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2-5 一人目の標的

 長い夜になりそうだ。

 岬が、部屋着への着替えを終えると、タイミングを計ったかのように、再び広尾がやってきた。


「先ほどよりも、表情が柔らかくなったように感じます。どうやら、良き友人やご家族をお持ちのようですね」

 彼女の表情は相変わらず鉄仮面のようだったが、その声には、どこか人間的な温かみが感じられた。


「……はい。私には、もったいないくらいの」

「彼らとの面会が必要な時は、我々がセッティングします。もちろん、場所はこちらが指定したセーフハウスになりますし、厳重な身体検査と、守秘義務契約へのサインをしていただくことになりますが。……よろしいですね?」

「はい、お願いします」


 広尾は静かに頷くと、手元の端末を操作し始めた。おそらく、もう親友の「大洗千影」や、母の「滝乃川美里」の身辺調査は始まっているのだろう。


 一息ついた私に、広尾は一枚の書類を手渡した。


「さて。少し頭を切り替えていただけますか。これは復讐対象者リストです。あなたが提出した三名の情報を元に、諜報機関が作成した基礎的なプロファイル。まずは、この中から最初のターゲットを選んでいただきます」


 渡された書類に目を落とす。そこには、三人の男の顔写真と、簡潔な経歴が記されていた。


 ** Case-01:水戸 茂 **

 ・元上司(中小メーカー広報課・課長)

 ・属性:功績横取り/パワーハラスメント/セクシャルハラスメント

 ・備考:組織内での権力構造を利用した、陰湿かつ執拗な攻撃。証拠が残りにくいのが特徴。


 ** Case-02:古河 達哉 **

 ・元同級生(高校時代)

 ・属性:“論破系”配信者/ネットリンチ首謀者

 ・備考:不特定多数の信者を扇動し、ターゲットを精神的に追い詰める。影響力は原則的にはネット空間に限定されるが、拡散力が高い。


 ** Case-03:蘇我 智和 **

 ・元恋人

 ・属性:モラルハラスメント(ガスライティング)/DV/経済的搾取

 ・備考:恋愛感情を利用し、女性の自尊心を徹底的に破壊する。密室での犯行が主であり、外部からの介入が最も困難。


 三人の顔写真を見ると、私の中に激しい嫌悪感が溢れてくる。

 水戸の、人を値踏みするような、いやらしい笑み。

 古河の、他人を小馬鹿にした、傲慢な笑み。

 蘇我の、全てを見透かしたような、優しい仮面の裏の冷酷な笑み。


 どいつもこいつも、私の人生を蹂躙し、心を踏みにじり、尊厳を奪ったクズどもだ。

 今すぐにでも、この手で八つ裂きにしてやりたいほどの怒りが込み上げてくる。


 誰から、やる?


 感情に任せるなら、蘇我智和だ。

 私を最も深く傷つけ、心を殺させた男。彼の優しい言葉の裏にある暴力と支配に、私はどれだけ苦しめられただろう。彼が経済的に困窮し、誰からも見捨てられ、社会の底辺で惨めに這いつくばる姿を、この目で見たい。


 だが、この復讐は、熱い情熱だけで成し遂げるべきではない。冷徹な計算と緻密な戦略。そして、相手の最も痛いところを正確に、徹底的に突くための、的確な分析が必要だ。


 広尾が、私の決断を静かに待っている。彼女は、いわば教官だ。私が、この復讐という名の戦争を戦い抜くための、最初の適性試験を課しているのかもしれない。


 私は、ゆっくりと息を吸い、そして、吐いた。

 心の炎を鎮め、思考をクリアにする。


 最初の標的は、派手にいきたい。

 私が手に入れたこの「力」が、どれほど強大で、どれほど恐ろしいものなのかを、世間に、そして残りの二人に見せつける必要がある。見せしめだ。

 そして、私のルール――「復讐の公開性」を最も効果的に実践できる相手は誰か。


 古河達哉は、ネットが主戦場だ。炎上させ、社会的に抹殺することは可能だろう。

 だが、彼の信者という厄介な存在がいる。それに、ネットの世界は移ろいやすい。すぐに忘れ去られ、風化してしまう危険性がある。


 蘇我智和は、閉じた関係性が問題だ。彼の社会的死を「公開」で実現するには、彼の人間関係を一つ一つ解体し、外堀を埋めていく地道な作業が必要になる。時間がかかる。


 ならば、答えは一つしかない。

 私は、書類の一点を、人差し指で強くタップした。


「この男から、始めます」


 私の指が示していたのは、水戸課長の顔写真だった。


「理由は?」

 広尾が短く問う。

「彼は、会社という社会的な組織に属しています。彼が失うものは、地位、名誉、信頼、そして金。その全てが、株主総会や第三者委員会といった、公の場で白日の下に晒されることになります。これ以上ないくらい、私のルールに合致した舞台です」


 そして、私は付け加えた。

「それに、彼の不正は『議事録』や『稟議書』といった、消すことのできない“紙の証拠”として残っている可能性が高い。物証は、何よりも雄弁です」


 私の答えを聞いて、広尾の口元に、初めて満足気な笑みが浮かんだ。それは、訓練兵が最初の関門をクリアしたのを見届けた、鬼軍曹の笑みだった。


「合理的判断です。感傷を排し、最も確実なターゲットを選んだ。見込みがありますね」


 広尾が、手元の端末で回線を繋ぎ、報告する。

「エリオット様。最初のターゲットが決まりました」


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