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15-4 いいから黙って全部私に協力しろ

 アメリア連邦国大使館の廊下は、夜明け直前の静寂に包まれていた。

 エリオットは重い足取りでカーペット敷きの床を踏みしめていた。彼の美しい金髪は乱れ、常に理性的であるはずの碧眼には、隠しきれない疲労と苦悩の色が滲んでいた。


 広尾が命を落としたという報告は、彼の心に重い鉛を流し込んでいた。優秀な部下を失った喪失感。そして何より、その事実が岬の心に与えるであろう絶望の深さを思うと胸が締め付けられるようだった。


 岬が休んでいる客室の前に到着し、エリオットは一度深く息を吐き出した。

 ドアをノックしたが返事は無い。鍵もかかっていない。不躾とは思ったが、彼は静かにドアノブを回して部屋へと入る。


 間接照明だけが灯された薄暗い部屋の中、ベッドの上で岬は膝を抱えて座っていた。

 瞳は虚ろで泣き腫らした目は赤く、頬には涙の跡が乾いて張り付いている。

 エリオットに気づき、岬がゆっくりと顔を向けた。彼女の表情には生気というものが欠落していた。


「……大丈夫か、ミサキ」


 あまりにも無意味な問いかけだった。大丈夫なはずがない。

 エリオットはベッドの縁に腰掛け、岬の震える肩に手を置こうとして途中で止めた。今の彼女に安易な慰めなど届くはずがないと悟ったからだ。


「もう、復讐は止めにしないか」


 エリオットが絞り出すように言った。

 岬の瞳が揺らぐ。


「平泉と大洗千景は現在追跡中だ。特にアメリアの敵である平泉は必ず捕らえて、相応の制裁を与える。だが……これ以上、君が矢面に立つ必要はない」


 エリオットの声には懇願に近い響きがあった。

 広尾の死は、この復讐劇がもはや個人の怨念返しの範疇を超え、アメリア国と敵対勢力との戦争に変貌しつつあることを意味していた。これ以上は岬の手を汚させたくない。彼女の心に宿る復讐の炎が、自らを焼き尽くしてしまうことが怖かった。


「今は君のことが一番心配なんだ。もし君まで失ったら、僕は……」


 しかし、その言葉が終わるよりも早く岬の唇が動いた。


「嫌です」


 掠れているが明確な拒絶の言葉だった。

 岬は抱えていた膝から顔を上げ、エリオットを真っ直ぐに見据えた。その瞳の奥で消えかけていた怒りの火が、再び激しく燃え上がる。


「復讐は止めません。ここで止めたら……広尾さんの死が無駄になってしまう」


 岬の脳裏に最期に見た広尾の背中がフラッシュバックする。

 続いて広尾を殺害し逃げ去った、かつての親友の顔が浮かぶ。


「洗脳されていたとしても……千景には自分の犯した罪を償わせないといけない。それに」


 怒りで飽和した岬の声が震え始めた。悲しみを塗りつぶす程のどす黒い憎悪が全身を駆け巡る。


「平泉潤二郎。あの男だけは絶対に許さない!水戸や古河に科した程度の制裁では足りない。奴の全細胞一つ残らず、死よりも苦しい生き地獄を与えないと私の気が済まない!」


「しかし相手は危険すぎる。これ以上は――」


「私はもう決めたんです!いいから黙って全部私に協力してください!エリオットさん!」


 岬の叫びが部屋の空気を震わせた。

 その目から大粒の涙が溢れ出し、頬を伝ってシーツに落ちる。それは弱さからの涙ではなく、決意と激情の涙だった。


 なりふり構わず号泣し、怒りに肩を震わせる岬の姿。その鬼気迫る情念を前にエリオットはそれ以上、何も言えなかった。


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