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15-3 カロル・ドーンCEO

 アメリア海軍基地を擁し、軍港の街として知られる横須賀市。

 その高台にある高級住宅街の一角に、要塞のごとき豪邸がそびえ立っていた。

 眼下には静まり返った海と、停泊する軍艦のシルエットが浮かんでいる。


 広尾さや殺害の黒幕である平泉潤二郎は、速度制限なしの地下道を利用してアメリア国の追跡を振り切っていた。

 今は横須賀の豪邸のリビングで、優雅にグラスを傾けている。

 逃亡犯が、あろうことかアメリア軍のお膝元に潜伏しているなど、誰も想像すらしていないだろう。


 シャワーを浴びてさっぱりとした平泉は、濡れた髪をタオルで拭きながら、ソファの向かいに座る男に右手を差し出した。


「すまねぇな、急に押しかけちまって。連れの女が合流するまでいさせてくれ」


 平泉の言葉に、その男――カロル・ドーンは、太い眉をピクリと動かし、愉快そうに口角を吊り上げた。

 ブラジル出身で日本の大手自動車メーカー、立産(りっさん)自動車を率いる最高経営責任者(CEO)。「コスト・イーター」の異名を持ち、冷徹な経営手腕で知られる経済界の重鎮だ。

 還暦近い年齢とは思えないほど、彼の肌は艶やかで、ギラついた瞳には濃いバイタリティが宿っている。


「大丈夫だ、問題ない。私は君のファンだ。いつもイッサンの目を通じて配信されるショーを楽しませてもらっているよ」


 ドーンは平泉の手を力強く握り返した。

 彼は平泉のことを「イッサン」と呼ぶ。「ヒラサン」や「ヒッサン」では発音しにくいという単純な理由だが、その響きには奇妙な親愛の情が込められていた。


「今回はとびきり楽しいショーになりそうだぜ。俺にとってもアンタにとっても」


 平泉がニヤリと笑うと、ドーンは弛み気味の顎を手でさすり、愉悦に満ちた笑みを返した。


「期待してるよ」


 ドーンのような超富裕層にとって、金で買える大概の娯楽はとうの昔に味わい尽くしていた。

 高級車、プライベートジェット、美女、美食。それらは日常であり日用品に過ぎない。

 彼は刺激の無い日常に飽き飽きしていた。


 そんな彼が渇望したのは、絶対的な安全圏から眺める『他人の破滅』というリアルな非日常の見世物(ショー)だった。

 リアルタイムで人が死ぬ、あるいは社会から強制退場させられた人々が悲鳴を上げ正気を失う様を、極上のワインと共に高みから見物する。

 それこそが今のドーンにとって唯一の慰みとなっていた。


 平泉はドーンのその歪んだ欲望を熟知していた。

 だからこそ、過去に何度も彼のリクエストに応え、凄惨な「ショー」を提供してきた。その見返りとしてドーンは平泉の強力なパトロンとなり、資金や隠れ家を提供している。


 平泉や彼の『上司』が所属する組織は、次第に日本の中枢を蝕みつつあった。

 組織のターゲットは、ドーンのような政財界の有力者、芸能人、プロスポーツ選手、インフルエンサーといった著名人たち。

 その中で、現状の社会システムや、アメリア国追従の政権に不満を持つ力ある者たちを、甘い言葉や刺激的な「ショー」などを駆使して巧みに取り込み、協力者――シンパとして組織の網の目を広げていた。

 カロル・ドーンもまた、そんなシンパの一人だった。


「教えてくれイッサン。次の演目はなんだ?あの冴えない娘も、表舞台(メインステージ)に上がるのかね?」


 ドーンが琥珀色の液体を揺らしながら尋ねる。

 平泉はソファに腰を沈め、天井を見上げた。その脳裏には、こちらに向かっている大洗千景と自分に憎悪を向けている滝乃川岬の顔が浮かんでいた。


「もちろん。次は最高の悲劇をお届けするよ。理性と尊厳を踏みにじられた人間の自我が、ド派手に砕け散る瞬間をな」


 平泉は肉体だけでなく、頭脳も遺伝子操作でエンハンス済みだった。

 魔改造された彼の脳内から、いくつも湧き出る惨劇のアイデア。

 広々とした部屋に、平泉の低い笑い声が不気味に響き渡った。


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