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14-6 おぼろげに浮かんできたんです。46の逃走ルートという数字が。

 地下深く。

 そこには都市の喧騒が一切届かない絶対的な静寂と闇の領域があった。

 かつて災害時の物資輸送用として極秘裏に掘削され、戦後に公的記録からも抹消され放棄された地下鉄網。

 湿ったカビの臭いと錆びついた鉄の臭気が混ざり合うその暗闇を、一つの光点が猛スピードで切り裂いていく。


 キ――ィィィィィィン。


 甲高いモーター音を響かせているのは、レールの上を滑走する電動キックボードだ。


 平泉潤二郎は、タイヤ部分をレールの凹凸に噛み合うよう改造した特製の愛機を駆り、漆黒のトンネルを疾走していた。風が彼のパーマのかかった髪を激しく乱すが、その表情には焦りよりも歪んだ愉悦が張り付いている。


「ハハッ、楽しくなってきたな。まさか、あんな奴らが俺を襲ってくるとはな」


 彼は以前から、日本の警察や反社、海外の敵対組織、あるいは恨みを買った女性たちから逃れるために、都内の地下や地上の複数箇所にこの改造キックボードを隠していた。


 さらにスマホのGPS機能は、とっくに改造済。位置情報を完全に断つこともできるし、追っ手をかく乱するための出鱈目な位置情報を発信することもできる。今の彼はデジタルの地図上では透明人間も同然だった。


 平泉はハンドルを握りながら、ニヤリと唇を歪めた。

 不意に湧き上がったインスピレーションが脳裏をよぎる。


「おぼろげに浮かんできたな。四十六の逃走ルートという数字が」


 高揚した気分を抱えたまま、意味不明な独り言を誰もいない闇に向かって呟いてみる。

 今の自分には無限の選択肢があるという全能感が、彼の口からポエムのような戯言を垂れ流させていた。


(千景という金づるを失ったのは痛いが……まあいい)


 前方から迫る闇を見つめながら、平泉は冷酷に計算する。

 あんな女の代わりはいくらでも手に入る。

 しばらくの間、ほとぼりが冷めるまで海外の高飛び先で優雅に過ごすか、あるいは闇医者に頼んで顔を整形し、別人に成り代わって日本国内に潜伏するか。


「考えようによっては楽しみが増えたな。俺の『上司』様はキレてるかも知んねぇが」


 彼の脳裏に、エリオット・ハルフォードと滝乃川岬の顔が浮かんだ。


「どんな手を使ってでも、絶対に奴らの人生をぶっ潰してやる。ついでに日本という国もぶっ壊してやる」


 逆恨みでしかなかった。

 しかし、平泉にとってはその理不尽な憎悪(ルサンチマン)こそがガソリンだった。

 力をパワーに。

 彼は逆襲の準備を進めるため、より深い闇へと潜っていった。


 ◇


 地上。

 岬たちを乗せた車とは別に、現場指揮用のワンボックスカーに乗り込んだエリオットは、他のエージェントと共に情報を精査していた。

 車内はモニターや機材の放つ様々なLEDの光に満たされ、オペレーターたちの緊迫した通信音声が聞こえている。


「平泉の現在位置のキャッチアップ、それと逃走ルートの特定を急げ!」


 エリオットの鋭い指示が飛ぶ。

 彼の指先はラップトップのキーボード上を高速で滑り、都内の地図データを次々と展開していた。


「平泉のGPS位置情報がオフにされたようです!地下鉄の線路内に入ったようなのですが、そこで信号が途絶しました」


 DIAの部下が焦燥を滲ませた声で報告する。

 エリオットは眉間の皺を深くした。


「地下鉄路線を使ったと想定して、逃走ルートを確率の高い順からピックアップしろ!今は深夜だ。一般の旅客車両は走っていない。保線用の通路や廃線ルート以外も利用可能だと想定しろ」


 エリオットの脳内で、東京の地下に張り巡らされた巨大な迷宮が可視化される。

 地上への出口は無数にある。さらに悪いことに、東京には空路や海路に繋がる多くの経路(チャネル)もある。


「奴が、このまま国外へ逃げる可能性もある。この時間に稼働している怪しい船舶やプライベートジェットは、個人所有の物も含めて全て洗い出せ!逃走経路を見逃すな!」


「Yes,sir!」


 現場の車両内とウォー・ルームの部下たちが復唱し、一層慌ただしさを増す。

 エリオットは小さく息を吐き出すと手を止め、ビルの谷間に浮かぶ月に目をやった。

 平泉を捕らえられなかった悔しさはある。けれども、それ以上に今の彼の胸を締め付けているのは岬のことだった。


(ミサキ……)


 彼女も今、戦場にいるはずだ。

 銃弾が飛び交う戦場ではなく、唯一無二の親友と心を削り合う対話という名の戦場に。


 大洗千景の洗脳は、まだ解けていない。

 洗脳という心に打ち込まれた楔を抜くことが、どれほど困難なことかをエリオットは知っていた。


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