静かに失われるもの
言葉にできないものが、喉の奥につかえたまま消えていかない。
思っていたよりもずっと軽く、思っていたよりもずっと重い。
それが、今の“あの人”だった。
僕が憧れていたのは、いったい何だったんだろう。
あの人の強さ? 優しさ? 自由さ?
それとも、あの人を信じていた、あの頃の自分だったんだろうか。
「お前さ、今はちゃんと働いてんの?」
おじさんが唐突に言った。
「……一応、まあ」
「偉いな。俺はな、あの児童館のあともしばらく同じようなボランティア回ってたけど、結局どこも居場所にはならなかった。
“誰かのために”なんて言ってるときの俺が、一番自分のために動いてたよ」
そう言って、おじさんは立ち上がった。
体の動きは少しぎこちなくて、膝をかばうような仕草が年齢を物語っていた。
「もう行くわ。寒くなってきたしな」
「……どこに?」
僕が聞くと、おじさんは少し笑って答えた。
「どこでもいいよ。誰も俺を待ってないし」
その言葉に、僕は何も返せなかった。
「でもな」
おじさんは、ふと足を止めてこちらを見た。
「お前があのとき、俺の話を聞いてくれたってことだけは、俺の中では本当だ」
そう言って、背を向けたまま手を軽く振るようにして、おじさんは公園を去っていった。
ベンチの上には、紙パックのコーヒーが半分残されていた。
それを見て、僕はようやく気づいた。
あの人は、僕のヒーローなんかじゃなかった。
でも、僕があの頃――ほんの少しだけ、救われていたのは、たしかだった。
もう少しだけ続きます