子どもだったから
「……名前なんだっけ?」
ぽつりと、おじさんが言った。
まるで昔からそうだったみたいに。僕たちはよく話していたはずなのに、そういえば、お互いの名前すら知らなかった。
「セイジです」
「へぇ、そうだったか」
あっさりしたもんだった。
僕は少し間を置いて、言ってみた。
「あの頃、おじさんのこと、すごいなって思ってました。何でも作れて、何でも知ってて、優しくて……」
おじさんは、鼻で笑った。
「すごい? 俺が? ……ああ、そっか、お前、子どもだったんだな」
皮肉っぽく言ったようでいて、どこか申し訳なさそうな顔をしていた。
「実際は大したことなかったんだよ。何も続かなくて、どこにも馴染めなくて。唯一、“子ども相手ならちょっと優位に立てる”ってだけだった」
言いながら、おじさんはパンの袋をくしゃくしゃと握り潰した。
「本当のこと言えばな。子どもって、すぐ褒めてくれるだろ。『すごい!』とか『どうやって作るの!?』とか、目をキラキラさせてさ。あれって、効くんだよ。
社会の中じゃ、誰にも必要とされなかったからな。お前らに“教えてるふり”して、自分を守ってただけだよ」
まるで、“優しさ”の正体が安っぽいカラクリだと言わんばかりだった。
「でも……誰も教えてくれなかったじゃないですか。あんなふうに、“こっちの話をちゃんと聞いてくれる大人”なんて、いなかったですよ」
少し食ってかかるように僕が言うと、おじさんは肩をすくめた。
「そりゃそうだ。お前の話をちゃんと聞いてるふりをして、俺は“この子は俺を信じてくれてる”って思いたかっただけなんだからな。
勝手にお前に期待して、勝手にお前に救われてたんだよ。ずいぶん自分勝手だろ?」
僕は口を閉じた。
「そういうのを“優しさ”って呼ぶんなら、まぁ……使ってもいいけどな」
少し笑って、おじさんは紙パックのコーヒーを飲み干した。




