戦いの始まり
僕が暗殺を行う必要が無くなった?それはどういう・・・
「ヴァリーの奴らがいきなり、森からの撤退を始めた。理由が分からんが、これで戦闘は終わる」
ヴィズは端的に話した。今回はそこまで長い説明じゃなかった。説明することが無かっただけかもしれないけど。
「じゃあ僕たちは何もしなくても良いってことだね?」
「ああ、そういうことだ。では、私は帰るとするよ」
ヴィズは席から立ち上がり、早々と帰ろうとした。
「良かったな、レイナ。問題は解決したそうだぞ」
ケンイチの言葉に僕は笑顔で頷く。これで国づくりに戻れる。
その瞬間、窓の外が光った。
ガラスの割れる音、建物が崩れる音、叫び声。地獄のような音と共に、何も見えなくなった。
◆◇◆
俺 ー ケンイチの周りは瓦礫まみれだ。ミラビリス国本部のみではなく、視界に入る建物全てが崩れていた。
「ケンイチ様!ご無事でしたか!」
向こうからフォーガッテンが走ってくるのが見えた。後ろにはベテラン、ミスト、ストリームと続いている。
「状況はどうなっている?!」
何が起こっているのかが分からない。気づけば外で大爆発が起こり、全てが破壊された。
「それが、分からないのです。現在、住民の安否を確認中ですが・・・」
ミラビリス王国にとって、全く状況の分からない事態であった。
そういえば、レイナやヴィズは?さっきまでここに・・・
敵襲を知らせるヴィズの声が何処からか聞こえて来た。
「ケンイチ様、あれは!」
フォーガッテンは空を指差した。そこには、ヴィズと、見たことのない男が浮いていた。
「俺の名はロイヤー・ヴァスカーナ。魔王抹殺を狙う者だ」
と見知らぬ男は言った。
「ロイヤーだと?!」
ヴィズや竜から驚きの声が聞こえる。
世界の厄災:ロイヤー・ヴァスカーナ。魔王軍成立前から存在していて、時折魔王軍に攻撃を仕掛けてくる。ちょうど千年前にも、ロイヤーとの戦いがあったそうだ。
ロイヤーと名乗る男は、中年のように見えた。無論、不死個体で間違いないが。
「相変わらず、単刀直入だな。しかし、このタイミングで来るとは。何か理由でもあるのか?」
あたりの竜たちとは対照的に、ヴィズは落ち着いた様子で対応していた。
だが、アイツは危険人物だ!そんなに冷静にしていて良いのか?!
「ヴァリー帝国の邪魔が入らないだろうからな。今までのヴァリー帝国の軍部は俺のことも敵視しているようで、迂闊には動けなかった」
「なるほど。君からしてもヴァリー帝国の存在は厄介なんだな。魔王軍、ヴァリー帝国、そして君。どちらかが戦えば、その隙をもう一つの陣営が付いてくる。実に面倒な三角関係だ」
ヴィズは空から、ふと下を見下ろす。続けて、俺と目を合わせた。
「安心しろ。住民の命は私が守る」
ヴィズは無言で剣を取り出した。更に、切りかかる構えを見せる。彼女の表情は固く、それを目にしたロイヤーはどこか暗い顔をした。
ロイヤーも剣を抜き、お互い何も言わずに剣を振った。
金属と金属のぶつかり合う音が近辺に響き渡る。
◆◇◆
魔王軍派閥:アストラのリーダー、ヴィズ・ヴァスカーナは最強と呼ばれていた。魔王軍の中で二番目に強いとされているアイルとの差も圧倒的と言われるほどである。
そんな彼女でもロイヤーには負けるとされていた。
しかし、ヴィズの特有スキルは凄まじい機能性を誇っていた。”空間完全支配” ― このスキルは、さまざまな空間を切り離し、自由自在に拡大縮小もできるものだ。先程も、生命が存在する空間を魔法が存在する空間から遠ざけることでミラビリス王国の首都の住民を守った。
対してロイヤーのスキルはほぼ不明であった。大厄災ヴォルカーノの件もあり、相手を操る何かしらの能力があるかもしれないと予想していたヴィズは、極限までの警戒状態だった。
ロイヤーの剣が高速でヴィズに降り注ぐと同時に、ヴィズは彼と自分との間の空間を拡張し、ロイヤーの剣筋をずらして攻撃を受け止めた。
次に、ヴィズはロイヤーの剣を払いのけ、自分とロイヤーとの空間を収縮させ、懐に潜り込んで剣を振り下ろす。ロイヤーは急ぎ距離を取るが、ヴィズはもとの立ち位置から動くことなく、再びその距離を縮める。
「ロイヤー、お前の実力はこの程度じゃないだろう」
と挑発してみるヴィズだが、彼女はロイヤーが断じて本気を出さないことを知っていた。1000年前の戦いでも、ロイヤーは魔法と剣技ばかり使い、特有スキルどころか上級スキルすら使用しなかったのだから。
魔王軍総力で挑んでも勝てなかった相手。今回はこれを単独で倒さなければならない。さらに言えば、空間完全支配を使うと疲労が溜まる。よってヴィズは既に消耗していた。
「さて、そろそろ時間だな」
ロイヤーはふと告げた。
「何を言っている・・・?あ、あれは!」
ロイヤーの後ろには、万を超える軍勢が続いていた。
◆◇◆
数日前。ヴァリー帝国内で密会があった。その場にいたのは、ヴァリー帝国のセイト・カインスター公爵と、ロイヤー・ヴァスカーナによるものだった。
大陸の大規模犯罪組織:ロムズリテにより用意された部屋。時間通りに両者は到着し、両端の椅子に腰を下ろす。
「まさか貴方が連絡を取ってくるとは。実に予想外だ」
と、狭く、暗い部屋でセイトはロイヤーに話しかける。
「俺もだ。だがよく考えれば、お前と俺の目的は同じ段階を必要とする。であれば、共闘が望ましいだろう」
ロイヤーもまた、平然と返す。
「私も異論は無い。しかし、その言葉は私の策を読めたということだな」
セイトは自嘲しながらも続けた。
「さて、そうとなれば、貴方は私に騎士団を一歩早く森から引き上げ、それを貴方が行うミラビリス王国の攻撃に出撃させるようにして欲しいのだな」
滅多に揺らぐことの無いロイヤーは、微に驚いた。行動が読まれたからである。
確かに密会の申請と同時に自分の目的はセイトに告げていた。とはいえ、僅かな情報だけで自分の考えが予測されたのだ。
ロイヤーはこの時、自分の前にいる若き男を高く評価した。一方、セイトもロイヤーのことを気に入った。
◆◇◆
「ぜ、全員、迎え撃て!」
フォーガッテンは慌てて指示を出す。
ミラビリス王国の首都に駐屯していた、5000の兵が動き出す。彼らは人型の竜。人間よりは身体能力が高い。
しかし、相手が悪すぎた。ヴァリー帝国の精鋭が集まった騎士団二万人。加えて、剣聖が7人に漆黒の勇者。創設されたばかりの軍隊が対等に戦えるはずもなかった。
だが、ミラビリス王国には転生者2人がいた。また、旧ミラビリスの幹部、ヴァルトとストリームもいた。フォーガッテンらも並の竜よりは断然強かった。
「よし、ここは俺らでどうにかするぞ!」
俺 ー ケンイチは彼らを率いて参戦する。
破壊された首都の中央で、隊列で押し寄せてくるヴァリー帝国の騎士たち。その先頭に立つ、全身を黒の鎧で覆った騎士。いや、おそらく彼は騎士では無い。漆黒の勇者:フェート・クロムウェイだ。
フェートは重いメイスを周囲に振りまくり、一撃でミラビリス王国の兵士たちは倒れていく。
俺とフォーガッテン、そしてデータがそこに切り込む。
「ぐあっ?!」
ただちに100人以上の騎士が悲鳴をあげ、地面に倒れる。その状況を見たフェートが動きを止める。
俺の服には返り血が付いていた。初めて、本当の戦いというものを経験したのだった。