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 それからホード子爵家では、『悪女ラーナ』の存在で少しだけ揉めたようだが、無事に姉とナージェの婚約は無事に結ばれた。

 ナージェの両親であるホード子爵夫妻は、姉のエスリィーは無関係とはいえ、あれだけ悪名高い『悪女ラーナ』が身内にいる女性と婚約しても良いのか、かなり悩んだようだ。

 けれど、ナージェが両親を説得した。

 自分は婿入りする立場になるので、もしこれから不都合なことがあれば、縁を切ってもかまわないとまで言ったようだ。

 息子の覚悟に、ホード子爵は条件付きで婚約を許可した。

 それは、一年後に予定されているふたりの結婚式まで、残っている両親の借金を完済すること。

 そうすれば、ナージェはカロータ伯爵を継ぐことができる。

 両親を亡くし、さらに身内にあまり素行の良くない女性がいると噂されているカロータ伯爵家に婿入りするのだ。

 息子の将来のために、ホード子爵家でもそれは譲れない条件だったのだろう。

 両親の残した借金はまだ残っている。

 ふたりで必死に働いても、一年後にすべて支払うのは大変だろう。

 それでも婚約することができれば、いずれ姉も愛する人としあわせになる未来が訪れるだろう。

 ナージェのリアナに対する態度で、彼自身に少し思うところはあるものの、そこまで愛してくれるのなら、大切な姉を託せる。

 そして、姉とナージェの婚約披露パーティに、リアナは『悪女ラーナ』として参加することになった。

 会場となるのは、ホード子爵家である。

 本来ならナージェが婿入り予定のカロータ伯爵家で行うべきだが、屋敷は古びていて、使用人も最低限しかいない。だから今回は、ホード子爵家が取り仕切ってくれることになったのだ。


 人々の視線を集めながら、リアナはゆっくりと、今夜の主役である姉とナージェの元に向かう。

 今日のリアナは、トィート伯爵家の亡き娘ラーナが好んでいたという、華美で人目を惹くドレスを着ている。

 トィート伯爵が亡くなってから、『悪女ラーナ』が人前に出るのは久しぶりだ。

 興味本位の視線に晒されながらもそれを気にすることなく、以前の姉のようにラーナになりきって、堂々と歩いて行く。

 少しだけ、世間はもう『悪女ラーナ』のことなど忘れているのではないかと期待したが、残念ながらそうはならなかった。

 本日の主役である姉は、婚約者となったナージェと一緒だった。

「お姉様」

 彼から贈られた、清楚で上品なドレスに身を包んだ姉に、そう呼びかける。

 それを聞いた周囲がざわめき、噂は本当だったのか、という囁きが耳に入る。

 姉もリアナも知らなかったが、あの悪女はカロータ伯爵家の娘らしいという噂は、少し前から広がっていたようだ。

 ナージェも知っていたくらいなので、もしかしたらトィート伯爵の友人が広めたのかもしれない。

 でもこうしてリアナがラーナの装いで現れ、エスリィーを姉と呼んだからには、悪女は妹の方だと伝わるだろう。

「ご婚約おめでとうございます」

 祝いの言葉を伝えて、笑みを浮かべる。

「……ありがとう」

 姉は青褪めた顔をして答えた。

 もちろん姉が今にも倒れそうな顔をしているのは、悪女の汚名を妹に押しつけてしまうことに対する罪悪感からだ。

 けれどナージェには、姉がリアナに怯えているように見えたのかもしれない。彼は姉を庇ってふたりの間に立つ。

「お姉様が婚約なんて、本当に嬉しいわ」

「そう思うのなら、もう関わらないでもらいたい」

 ナージェが、姉には聞こえないように小さくそう囁いてきた。

 冷たい言葉に傷付かなかったと言えば、嘘になる。

 でも彼は、リアナを『悪女ラーナ』だと信じていて、そんな悪女から姉を守るために、そう言っているのだ。

 だからリアナも、姉のために耐えなければならない。

(心配しなくても、そのうち私は、あの家からいなくなるから)

 リアナは姉のしあわせのためなら、いつだって家を去るつもりだが、そんなことを言っても信じてもらえないのはわかっている。

 それにリアナが家を出て行くと言えば、姉も納得しないだろう。

 ナージェの言葉は聞こえなかったふりをして、リアナは姉に向き直る。

「お祝いは伝えたわ。疲れたから、もう帰るわね」

 あまり長居すると、以前のラーナと違うと気付かれてしまうかもしれない。

 だからそう言うと、呆れたような視線を背に受けながら、さっさと退出することにした。

 会場から出ようとするリアナに何人か話しかけてきたが、適当に躱す。

(これで大丈夫よね?)

 カロータ伯爵家の狭い馬車に乗り込んで、ひとりになると途端に不安になる。

 誰にも怪しまれることなく、姉のように、『悪女ラーナ』を演じることができただろうか。

 今まで一度もパーティにも参加したことがないので不安だったが、きっと大丈夫だと自分に言い聞かせて、姉よりも先にカロータ伯爵家に戻ることにした。

 あと何回か、姉も参加するような夜会にラーナとして参列する。そして姉が結婚したら、家を出ればいい。

 姉がナージェと結婚するためには、両親の借金の完済が条件となる。

 ふたりの婚約と、婿入りするナージェが爵位を継ぐ手続き。

 そして王家預かりになっている領地の返還の申請。

 そのために必要な、残っている借金の返還まで、すべてナージェの実家であるホード子爵がしてくれた。

 借金の返済を先にすることによって、結婚後すぐに、ナージェが爵位を継ぐことが可能になる。

 その借金を結婚式まで返済することが、ホード子爵が姉とナージェが結婚するために出した条件だった。

 だからホード子爵が肩代わりしてくれた借金を全額返済すれば、姉はナージェと結婚することができる。

 だからリアナは、仕事を増やして懸命に働いていた。

 姉も仕事を手伝ってくれたが、リアナはそれよりも夫となるナージェを支えるべく、領地運営の勉強に力を注いで欲しいと言った。

 結婚後、新婚夫婦はすぐに爵位と領地を継ぐことになる。

 自分が不器用なことを知っているからか、姉は申し訳なさそうだったが、今まではひとりでカロータ伯爵家を支えてくれていたのだ。

 今夜、『悪女ラーナ』として人前に出たリアナは、それが想像以上につらいことだと知った。

 心優しい姉は、人々から向けられる嫌悪の視線と蔑みの言葉に、どれだけ傷付いたことだろう。

 それを思えば、ナージェから多少嫌みを言われるくらい、何でもないことだ。


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