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「……ホード子爵も、婚約を喜んでくださったの。ただ、正式に許可を出す前に、聞きたいことがあるとおっしゃって」

「聞きたい、こと?」

 姉は静かに頷いた。

「ホード子爵には、昔から親しくしているご友人がいらしたの。その方は、トィート伯爵とも、親しかったそうよ」

「!」

 恐れていた名前が出てきて、思わずリアナは姉の背から手を離して、両手を握りしめた。

 もしかして、姉が『悪女ラーナ』と呼ばれていたことを、ホード子爵は知ってしまったのか。

「その方はトィート伯爵に頼まれて、一度だけ、彼のパートナーの女性を屋敷まで送ったことがあるそうなの。たしかに、覚えがあるわ。トィート伯爵が急用で屋敷に帰ることになって、送ってもらったことがあった」

「うん、私も覚えているわ。でも姉様は、屋敷の近くで馬車を降りて歩いて帰ったはずよ」

 当時のことを思い出して、リアナはそう言った。

 たしかにトィート伯爵と夜会に出かけたはずの姉が、ひとりで戻ってきたときがあった。

 帰ってきた姉は、トィート伯爵の友人に送ってもらったが、どの屋敷に住んでいるのか知られたくなくて、途中で馬車を降りて歩いてきたと言っていた。

「ええ。でも彼は、ラーナの正体を知りたくて、あの屋敷周辺で若い女性がいる家はどれか、調べたらしいの」

 その人もまた、友人のトィート伯爵が若い女性に騙されているのではないかと、心配したのだろう。

 その結果、突然両親を亡くして、多額の借金を抱えているカロータ伯爵家の名前が上がった。

「ホード子爵は、私かリアナのどちらかが、『悪女ラーナ」 ではないかと疑っていたわ。ここまで知られてしまったからには、もう隠せない。きちんと私から真実を伝えるべきだと思ったの。でも……』

 つらい日々を乗り越えて、ようやく愛する人と出会い、その彼と婚約する寸前だったのだ。

 そのときの姉の気持ちを考えると、リアナも泣き出しそうになる。

「何も言えなくなった私を見て、ナージェ様が……」

 それは妹のリアナではないかと、そう言ったようだ。

 彼は、リアナと出会ったときからその噂を知っていた。

 だからあのとき、姉とリアナを見比べて、『悪女ラーナ』は妹のリアナの方だと思ったのだ。

(私にあんな態度をしていたのは、私を『悪女ラーナ』だと思い込んでいたから?)

 姉と知り合い、一目惚れをして夢中になっていたときは、その噂のことを忘れていたのかもしれない。

 けれど、恋人の実家がそのカロータ伯爵家であったこと。

 そして妹のリアナが、姉とは違う派手な雰囲気だったこと。

 『悪女ラーナ』はリアナで、その妹の存在が優しい姉を苦しめているのだと考えて、リアナに冷たい態度を取っていたのだ。

 初対面のときから嫌われていた理由がようやく判明して、リアナは納得した。

 見た目だけで判断するなんて、と思うが、そんな噂をトィート伯爵の友人から聞いたのなら、仕方の無いことかもしれない。

「すぐに否定しようと思ったの。でも、言えなくて……」

 姉の瞳から、また涙が溢れ出す。

「私はリアナを守らなくてはならないのに。あの日、留守をするお父様とお母様に、リアナを頼むって言われたのに。私は……」

「姉様……」

 仕事のため、ふたり揃って外出した両親は、まだ十一歳だった妹を姉に託した。

 でもそれは夜までに帰るつもりだったから、その間のことを頼んだに過ぎない。

 姉だって、まだ学園に通う子どもだったのだ。

 それなのに、両親は二度と帰らなかった。

 でも姉はその約束を守り続けて、どんなに中傷されようとも、悪女と呼ばれようとも、この家とリアナを守り続けてくれた。

「よかった」

 リアナは思わずそう口にしていた。

 心からそう思っているからこそ、出た言葉だった。

「リアナ?」

「でも、もし姉様がそれは自分だと言っても、ホード子爵家の方々は信じなかったでしょうね。きっと優しい姉が、私を庇っているようにしか見えなかったはず」

 姉の本来の姿は悪女とかけ離れているし、リアナは残念ながら、派手好きに見える容貌だ。

 そして印象は正反対なのに、やはり姉妹なので姿形はよく似ている。

「姉様。ちょうどいいから、『悪女ラーナ』は私だったことにしましょう。そうすれば、すべて上手くいくわ」

「そんなことできないわ!」

 今まで弱々しく泣いていた姉が、そう声を張り上げる。

「私のしてきたことを、あなたに押しつけるなんて……。私だけしあわせになるなんて、できるはずないでしょう?」

 こんなに傷ついて、泣いていたのに、それでも妹を守ろうとしてくれている。そんな姉を愛しく思いながら、リアナは姉の手を取った。

「そんなことは言わないで。姉様は、家族を亡くして寂しかったトィート伯爵のために、彼の娘を演じていただけ。何も悪いことはしていないわ。それに、姉様は婿を迎えて、このカロータ伯爵家を復興させなくてはならない。お父様とお母様が一番望んでいるのは、そのことだと思う」

 自分ではできないことだ。

 両親は生前、学園に入学したことを機に、姉を正式に後嗣として登録している。カロータ伯爵だった父はもういないので、後嗣は変更できないのだ。

 この国では女性は爵位を継げないが、姉の結婚した相手がカロータ伯爵になると決まっていた。

「姉様でなくては駄目なの。そして爵位を継いでくれるのは、ナージェ様が最適だと思う」

 たとえ姉が『悪女ラーナ』 だったと公表しても、婿入りしてくれる人はいるかもしれない。

 爵位を継げない長男以外の貴族は、それなりにいる。

 けれど『悪女ラーナ』に婿入りを希望する人たちが、姉をしあわせにしてくれるとは思えない。

「それに、もうトィート伯爵は亡くなっているのだから、噂など数年で消えるでしょう。その頃には、私にも良縁があるかもしれないわ」

 結婚するつもりも、この家に留まるつもりもないが、こう言わなくては、姉は承知しないだろう。

 そう思ったから、リアナは笑顔でそう言う。

「私も、父と母が亡くなったときの姉様と同じ年になったわ。だから、今度は姉様がしあわせになる番よ」

 そんなことはできないと泣く姉を、カロータ伯爵家の復興こそが、きっと亡くなった両親の願いであると説き伏せた。

「それに、私は姉様が婚約者と参加する夜会に、昔の姉様のような服装をして何回か参加するだけ。それで、姉様が『悪女ラーナ」だと言う人はいなくなる。それだけの話よ」

 そう言って、無理やり納得させた。

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