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50 (本編完結)

 姉とナージェがカロータ伯爵家に戻ると、メイドがリアナを部屋に案内してくれた。

 以前と同じ客間かと思っていたが、屋敷の奥にある、客間よりもさらに広い部屋に案内された。

「こちらが奥様の部屋でございます」

「……ありがとう」

 呆然としながら礼を言うと、メイドは笑顔で頭を下げて退出した。

(ここって、公爵夫人の部屋、よね)

 広さ、調度品の豪華さから見て、間違いないだろう。

 リアナはひとりで部屋の中を見て回る。

 応接間の窓は大きく、太陽の光が降り注ぐ。

 その窓の外には、リアナが気に入っている庭園を存分に眺めることができた。さらに、この部屋から庭に出ることもできるらしい。

 華やかで美しい応接間とは逆に、寝室はとても落ち着いた安らげる空間になっていた。

 クローゼットには、この屋敷で一年間暮らしていたときに仕立ててもらった、上品で美しいドレスが並んでいた。

 逆に、謹慎中だった悪女ラーナとして買い漁った派手なドレスや装飾品は、ひとつも見当たらない。そんな配慮に感謝していると、部屋の扉が叩かれた。

「はい」

「リアナ様。カーライズ様がお呼びです」

「わかりました。すぐに伺います」

 姉の提案についても、話さなくてはならない。少し緊張しながら、メイドに案内されてカーライズの部屋に向かう。

 思えば、彼の部屋に行くのも初めてだ。

 寝室ではなく、応接間にいたカーライズは、リアナを見て嬉しそうな笑みを浮かべる。

「リアナ、エスリィーとは話せたか?」

「はい。ゆっくりとお話をさせていただきました」

 促されて、彼の隣に座る。

「ようやくリアナをこの屋敷に連れて帰れたと思ったが、あの町で暮らしていたときの方が、距離が近かったな」

 そう言われて、リアナも頷く。

「教会でしたし、子どもたちもたくさんいましたから」

 同じ部屋で暮らしていたようなものだ。同時に、この距離を寂しいと思っていたのは自分だけではなかったと知り、安心する。

「子どもたちは今、マルティナと一緒に公爵家の別荘で暮らしてもらっている。いずれ、町に大きな施設を建設する予定だ。後日、会いに行こう」

「はい。子どもたちに会いたいです」

 マルティナは、修道院に帰ったはずのリアナが、キリーナ公爵邸で暮らしていると聞いて驚くだろう。

 彼女にも、簡単に事情を話さなくてはならない。

「リアナが暮らしていた修道院にも、連絡をしておいた。そこの院長からの伝言で、花壇のことは心配いらない、だそうだ」

「院長先生……。ありがとうございます」

「マダリアーガ侯爵のセレドニオも、これから福祉に力を入れると言っていた。きっとあの修道院も支援してくれるだろう」

 そこまで一気に話したカーライズは、言葉を切って伺うようにリアナを見た。

「リアナの方は、どうだった? エスリィーは、私との婚姻を認めてくれただろうか」

 契約結婚のことを、まだ気にしている様子だったので、リアナは笑顔で頷く。

「もちろんです。むしろ、一緒に結婚式を挙げようと言われてしまいました」

「……結婚式」

「でも、私たちの結婚は二年前ですから、今さらですよね」

「いや、そんなことはない。結婚式か。たしかに必要かもしれない」

 リアナの予想に反して、カーライズは乗り気の様子だった。

「私たちが結婚したとき、リアナはまだ十六歳だった。貴族同士の結婚としては、珍しい年齢ではないが、若くして結婚した場合、数年後に結婚式を挙げることもある」

 たしかに、今のリアナは十八歳になった。

「結婚式を挙げても大丈夫でしょうか? 私は……」

「気にすることはない。リアナの年齢を公表すれば、『悪女ラーナ』ではないことは、誰にでもわかることだ」

 リアナではないとわかれば、姉ではないか疑う人も出てくるかもしれない。

 それを心配したが、カーライズは大丈夫だと言ってくれた。

「エスリィーは最近、カロータ伯爵の後継者として、ナージェとともに多くのパーティに参加している。その姿を知っている者も多いだろうから、今さらエスリィーを『悪女ラーナ』だと思うことはない」

 カロータ伯爵家の妹が、噂を聞いて姉を『悪女ラーナ』だと思い込んでしまった。

 そして姉を庇って悪女を演じていたことにすれば、噂などすぐに消えていくだろうと語った。

「どちらにしろ、『悪女ラーナ』が表れることは二度とない」

「……はい」

 それでいいのだろうかと、少し迷う。

 すべてを明らかにして、トィート伯爵の名誉を回復するべきなのではないかとも、考えた。

 でもその場合、エスリィーが『悪女ラーナ』であったと公表しなくてはならない。

「トィート伯爵は、自分の名誉など気にしないよ。エスリィーのしあわせを、心から願ってくれているはずだ」

 たしかに、リアナ以上にトィート伯爵をよく知るカーライズがそう言うのなら、そうなのかもしれない。

 こうしてリアナと姉との、合同結婚式が決定した。

 ほとんど準備が整っている姉とは違い、リアナはこれからすべてを揃えなくてはならない。

 遅れたら、それだけ姉の結婚式が遅れるから、リアナは必死だった。

「焦らなくてもいいわ」

 そんなリアナに、姉は穏やかに言った。

「お父様とお母様にも見てもらいたいから、秋にしましょう。それなら、準備期間もたっぷり取れるでしょう?」

 秋には、父と母の命日がある。

 ふたり揃って花嫁姿を見せられたらと、リアナも思う。

「でも、姉様の結婚が遅くなってしまうわ」

「私たちも、リアナと同じように、先に結婚してしまうことにしたの。だから心配いらないわ」

 姉とナージェが結婚すれば、爵位の継承と領地返還のために忙しくなってしまう。だから、結婚式は別で、落ち着いた頃にしたいと思っていたらしい。

 だから、合同の結婚式は秋に行うことになった。

 時間に余裕ができたので、リアナもゆったりと準備することができる。

 その間にマルティナと子どもたちに会いに行ったり、修道院の院長に手紙を書いたりした。

 庭園の花壇は見る度に美しくて、リアナの心を楽しませてくれる。

 カーライズの体も回復して、今では領地内を飛び回っている。

 リアナも公爵夫人として、色々と勉強しなければならないことが多かった。

 けれど勉強は、まったく苦にならない。

 覚えることが増えれば、それだけカーライズを手助けできることも増える。

 ときには姉と一緒に、領主夫人として領内の福祉や慈善事業の実行。さらに社交について学ぶこともあった。

 春の花が散り、夏の花が咲く。

 季節が巡るごとに、リアナの準備も整っていく。

 そうして、秋の花が咲く頃。

 リアナは、カーライズと結婚式を挙げた。

 会場にはたくさんの人たちが集まって、二組の結婚式を祝福してくれた。

 キリーナ公爵家当主の結婚。そして、ホード子爵家の三男の結婚ということで、招待客もかなり多い。

 加えて社交界によく出るようになった姉にも、たくさんの友人ができたようだ。

 姉のように多くはないが、今ではリアナにも友人がいる。

 彼女たちも出席して、リアナの二年遅れの結婚式を祝ってくれた。

 姉のドレスはもちろん、リアナが心を込めて刺繍した一点物だ。ドレス自体は質素なものだが、手間を掛けたことによって、かなり美しいドレスに仕上がっている。

 もう見ることはできないだろうと考えていた姉の姿に、リアナは涙ぐみそうになった。

 リアナのドレスは、年齢がまだ若いこともあってか、とても可愛らしいデザインのものだった。

 選んだのはリアナではなく、カーライズである。

 ドレスのデザインがたくさんありすぎて選べないと嘆いていたリアナに、カーライズが提案してくれたものだ。

 可愛らしいデザインなど自分に合わないのではないかと心配したが、姉や周囲からの評判はかなり良かった。

 会場には秋の花が美しく飾られていて、リアナは式の直前に姉とふたりで、両親に結婚の報告をした。

 正装したカーライズは、思わず見惚れるくらいで、もう既に彼の妻で一緒に暮らしているのに、どきりとしてしまう。

 しあわせを諦めた日もあった。

 姉と別れて、これからはひとりで生きていくのだと。

 けれどリアナは愛する人を見つけて、しあわせになった。

 カーライズはいつもリアナを気遣い、何でも聞いてくれるし、話してくれる。

 そして姉もしあわせになってくれたのが、本当に嬉しかった。

――おめでとう。

――しあわせに。

 両親の声が聞こえたような気がして顔を上げると、姉も同じように驚いた様子で周囲を見渡していた。

「姉様にも、聞こえた?」

「リアナにも?」

 こくりと頷く。

 ふたりに聞こえたのなら、きっと見守ってくれているのだろう。

「行こうか」

「はい」

 リアナはカーライズの手を。

 そして姉は、ナージェの手を取って、歩き出す。

 両親に先立たれ、懸命に支え合って生きてきた。

 これからは、それぞれ別の道を歩んでいく。

 でも傍には愛する人がいて、そして両親も見守ってくれている。

 きっと、しあわせになれるだろう。


本編はここで完結となります。

最後までお読みいただき、ありがとうございました!

そして、書籍化が決定しております。

詳細は後ほどお知らせさせていただければと思いますので、どうぞよろしくお願いいたします。

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