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「姉様、大丈夫だった?」

 それでも心配になって尋ねると、姉はもちろんだと、大きく頷く。

「とても良くしていただいたの。ナージェのお兄様にもお会いして、弟を頼むなんて言われてしまって」

 やや興奮した様子で話す姉の白い頬は、薄紅色に染まっている。

 姉は今、しあわせなのだ。

 そして、これからもっとしあわせになろうとしている。

 そう思うと、ナージェに嫌われていることなど些細なことに思えてくる。

「ナージェはリアナのことも気にしてくれていたわ。良い嫁ぎ先を探さなくてはならないって」

「え?」

 そう思っていたリアナだったが、予想外の言葉に驚いて、思わず声を上げた。

「……私の?」

「ええ。リアナは華やかな美人だから、着飾らせて連れて歩きたい人は、きっと多いだろうって」

 姉は無邪気にそう言ったが、ナージェの言葉の端に、悪意を感じる。

 まだ姉との婚姻が決まらないうちから、リアナを追い出そうとしているように聞こえたのは、考えすぎか。

 しかも着飾らせて連れて歩くなんて、妻ではなく愛人の扱いではないか。

 リアナは咄嗟に視線を窓に向けて、窓ガラスに映った自分の姿を見つめる。

 姉妹だけあって容姿は姉と似ているが、雰囲気はまるで違う。

 清楚で控えめな姉とは違い、リアナは派手な印象を持たれることが多い。

 しかも姉のドレスばかり仕立てていたから、リアナ自身は、トィート伯爵からもらった彼の娘のドレスを着ていた。

(姉にばかり苦労させて、自分は派手な格好をして遊び歩いている妹……。そう見えていたのかもしれない)

 だとしたら、あの嫌悪の視線も理解できる。

 でも見た目だけでそう思い込み、そんな態度を取るような男性に、大切な姉を預けていいものかと、リアナは悩んだ。

 けれど、嫌悪の視線を向けられたのは最初だけ。

 それからは、巧みにその感情を押し隠している。

 それに、妹が誤解されていることを悲しんだ姉が、自分の過去をナージェに打ち明けてしまうのが、一番困る。

 それに何よりも、姉はナージェを愛している。

(仕方がないわ……)

 もし姉が結婚しても、数年はカロータ伯爵家に残り、姉の手伝いが出来ればと思っていた。

 姉がしあわせになる姿をこの目で確認してから、後は修道院にでも入る予定であった。

 両親の借金はもう数年で返せるだろうが、貯蓄も財産もまったくない。

 これから爵位と領地を返還してもらい、領地運営をしていくには、やはりお金が必要となる。

 爵位を継ぐからには、社交界にも出なくてはならない。

 そのためのドレスや装飾品。さらに王都の屋敷と領地の屋敷の維持費、人件費も必要だ。

 リアナの嫁入りにお金をかけるくらいなら、その分、カロータ伯爵家と領地の未来のために使うべきだ。

 さらにこんな状態ならば、さっさと家を出た方がいいのかもしれない。

 姉とナージェの結婚式を見届けたら、すぐにそうしようと思っていた。


 けれど、ある日のこと。

 いつものようにナージェの屋敷に招かれた姉が、憔悴したような顔で帰ってきた。

「姉様?」

 自分は顔を見せない方がいいだろう。

 そう思ってホード子爵家の馬車が到着しても出迎えなかったリアナは、慌てて階段を駆け下りて、入り口の床に座り込んでしまった姉に駆け寄った。

「どうしたの?」

 姉は何も答えずに、ただ小さな子どものように首を横に振る。

 そして、声を押し殺して泣いていた。

(姉様……)

 何とかしなければ。

 自分が姉を守らなくてはと、リアナは床に座り込んだままの姉をゆっくりと立たせ、応接間のソファに座らせる。

 そしてその隣に座って、姉が落ち着くまでずっと、その背を撫でていた。

「……何があったの? ホード子爵家の人たちに、何か言われたの?」

 涙がようやく止まった頃、静かにそう尋ねてみる。

「いいえ。ナージェ様は私のことを、好きだと言ってくださって……。婚約を申し込んでくれたわ。私は嬉しくて、夢見心地で返事をしたの」

 とうとうナージェは、姉に婚約を申し込んでくれたのだ。

 そろそろかと思っていたが、改めて姉の口から聞くと、嬉しさがこみ上げる。

 だが、愛していた人に婚約を申し込まれたのに、どうして姉は泣いていたのだろう。

 泣いている様子はとてもつらそうで、歓喜の涙には思えなかった。

 促すように優しく背を撫でると、姉は少しずつ、事情を話してくれた。

「そのまま、ご両親に報告するって言われて。前々から、ホード子爵夫人には婚約を歓迎すると言われていたから、きっと祝福してくださると思っていたの。でも……」

「反対されたの?」

 そう尋ねると、姉は首を横に振る。

「いいえ。喜んでくださったわ」

 たしかにそうだろうと、リアナは思う。

 ナージェは、ホード子爵家の三男である。

 彼は王城に勤める文官で、結婚するつもりもなかったようだ。それでも両親としては、結婚してしあわせになってほしいという気持ちがあったに違いない。

 相手は両親を亡くして没落寸前のカロータ伯爵家ではあるが、爵位を継ぐために必要な借金の返済も、もう少しで終わる。

 あとは領地を返還してもらって、その発展に尽くせばいい。王城に文官として勤めているナージェならば、きっと良い領主になってくれるだろう。

 何よりも、ナージェと姉のエスリィーは愛し合っている。

 障害があるとしたら、おそらくリアナの存在で、それも自分が家を出れば解決すると思っていた。

 問題は、何もないはず。

 では何が、姉をここまで嘆かせたのだろう。

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