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カーライズはまだ、休養する必要があった。
それなのに、リアナと姉のエスリィーを一刻も早く再会させたくて、カーライズはキリーナ公爵領への出発を早めてしまった。
リアナは心配したが、案の定、途中で体調を崩してしまい、何泊かすることになってしまった。
幸いなことにカーライズはすぐに回復したが、リアナには心配なことがあった。
子どもたちを助けたときも、リアナを庇ってくれたときも、カーライズは死んでも構わなかったと簡単に口にする。
実際、そう思っているのだろう。
もっと自分のことも大切にしてほしい。
リアナはそれをカーライズに訴えた。
「お願い。あなたがいなくなってしまったら、私はもう立ち直れないの。だから……」
もしカーライズが、リアナを置いて死んでしまったら。
そう想像するだけで、胸が痛くなる。
「わかった。約束する。もう無謀なことはしない」
カーライズのその言葉を聞いて、周囲の護衛や執事のフェリーチェも安心したような顔をしていた。
どうやらカーライズの、自分の身をあまり顧みないところを心配している者は多かったようだ。
「それでも、奥様が危険な状態になったら、カーライズ様も自重することはできないでしょう。どうか奥様も、お気を付けて」
フェリーチェにそう囁かれ、リアナも真摯に頷く。
彼は、キリーナ公爵邸で暮らしていた頃の食事のことや、悪女としてパーティに参加させてしまったことを謝罪してくれた。
リアナをどのパーティに参加させるのかを決めていたのは、執事のフェリーチェだったらしい。でも彼も、カーライズの指示に従っていただけだ。
もう気にしないでと言うと、フェリーチェは深々と頭を下げて、これからは奥様としてお仕えいたします、と言ってくれた。
そんなこともあったが、予定よりも少し遅れて、リアナはカーライズとともにキリーナ公爵邸に戻ってきた。
あの庭園には以前と同じように美しい花が咲き乱れて、リアナを迎えてくれた。
(またこの花を見ることができるなんて……)
視線を庭園に向けていたリアナに、姉の声が聞こえてきた。
「リアナ!」
「姉様?」
どうやらカーライズが先に連絡をしておいてくれたらしく、姉とその婚約者のナージェが、リアナの帰りを待っていてくれた。
駆け寄ってきた姉は、リアナを力一杯抱きしめる。
「リアナ……。ごめんなさい。あなたに全部、背負わせてしまって」
「そんなことはないわ。姉様は五年も耐えてくれた。私は姉様のお陰で、今まで生きてこられたのよ」
姉が、リアナに駆け寄り、こんなに強く抱きしめられるくらいに回復したことが嬉しくて、同じように抱きしめる。
「姉様、まだ結婚していないって本当なの?」
「ええ。当たり前でしょう? リアナがいないのに、私だけしあわせになるなんて、そんなことはできないわ。リアナが見つかるまで、何年でも待つつもりだったわ」
「そんな……」
自分さえいなければ、姉はしあわせになれると思い込んでいた。
けれど実際には、あれほど待ち望んでいた結婚式を延期させてしまっていたのだ。
ナージェはそれを承知してくれたのだろうか。
心配になって彼を見ると、勢い良く頭を下げられた。
「すまなかった」
「え? あの……」
「俺が変な勘違いをしなければ、こんなことにはならなかった。本当にすまないと思っている。父にもきちんと事情を話して、エスリィーとの結婚は、リアナが見つかるまで待っても良いと言われている」
では、姉の結婚はなくならないのか。
それを知って、リアナはほっとする。
「何も言わなかった私も姉も悪かったと思います。ですから、もう謝らないでください。どうぞ姉をよろしくお願いします」
そう言うと、ナージェは唇を噛みしめて、真摯に頷いた。
「それで、リアナはこれからどうするの? また一緒に、カロータ伯爵家で暮らせたらと思うけれど……」
「姉様。私も姉様と一緒に暮らせたらと思うわ。でも、カーライズ様の傍にいたいの。彼を愛しているの」
そう告げると、姉は驚いたようにリアナを見て、本当に、と呟く。
「ええ。今までのこと、姉様にも話すわ」
「では皆様、応接間にどうぞ」
執事のフェリーチェがそう言ってくれて、リアナは姉とナージェと一緒にキリーナ公爵邸に入る。
姉は屋敷の広さに驚いていたが、リアナも一年間暮らしていたとはいえ、ほとんど客間で過ごしていた。
だから姉と同じように、広さと豪華さに驚いていた。
「カーライズ様も同席したがっておりましたが、長旅で少しお疲れが出たようですので、休んでいただきました」
フェリーチェの報告に、リアナは頷く。
「わかりました。あとで、会いに行きますとお伝えください」
「カーライズ様は、お体の具合が悪いの?」
心配そうな姉に、リアナは契約結婚を終えてから今までのことを、すべて説明することにした。
「そんなことがあったの……」
リアナの話を聞き終わった姉は、感慨深そうに頷いた。
「一年ほど前から、カーライズ様が随分変わったと噂になっていたの。今までは少し、近寄りがたいような雰囲気の方だったから。それもすべて、リアナの影響だったのね」
そう言われると少し烏滸がましいような気持ちになるが、カーライズがそう言ってくれたのは事実だ。
「では、離縁はないのね」
「私でいいのか、まだ不安ではあるの。でも、カーライズ様が望んでくださるから、私はここで暮らしていきたいと思っている」
正直に告げると、姉は微笑んだ。
「よかった。たしかに少し寂しいけれど、あなたがしあわせなら、それが一番だわ。これで私も安心して……。そうだわ」
何か思いついたのか、姉の顔が輝いた。
「リアナも一緒に、結婚式を挙げましょう? あなたの花嫁姿、私も見たいわ」
「え、でも……」
たしかに、リアナも結婚式に憧れる気持ちはある。
でも、リアナがキリーナ公爵邸に嫁いだのは、もう二年も前のことになる。今さら結婚式など、しても良いのだろうか。
(それに……。世間にとっては、私は相変わらず『悪女ラーナ』だわ)
そんな自分との結婚式など、キリーナ公爵家の印象が悪くなるだけではないか。
そう考えてしまうリアナに、ふたりの話を黙って聞いていたナージェが言った。
「カーライズ様に話してみるといい。きっと喜んで承知してくださるだろう」
姉を見ると、姉も満面の笑みで頷いている。
「わかったわ。カーライズ様に話してみる」
その笑顔に励まされて、リアナはそう答えた。
次回、最終話になります。




