47
「……」
姉が、本当のことを話してしまった。
それを聞いて、リアナは青褪める。
「姉様は……。姉様の結婚は……」
「心配はいらない」
そんなリアナを慰めるように、カーライズは優しい声で慰めてくれた。
「君の姉とナージェとの婚約は解消されていないよ。ただ、ふたりとも君が見つかるまでは結婚しないと言っていて、まだ婚約者だ」
もう一年前に結婚していたと思っていた姉が、まだしていなかった。それも、リアナが失踪したせいで。
「私のせいで」
「いや、それは違う。エスリィーは、自分だけしあわせになるわけにはいかないと言って、自分で結婚を延期しただけだ。もちろん、ナージェも同意の上だ」
困惑するリアナの手をそっと握って、カーライズは、最初からすべて説明すると言ってくれた。
「私はもともと、貴族学園を卒業したら廃嫡され、家を追い出される予定だった」
父親には愛人がいて、さらに子どももいた。
その異母弟にキリーナ公爵家を継がせようと考えていたのだ。
母親にも愛人がいて、既に離縁して家を出ており、母にも子どもがいたため、カーライズと縁を切ると言ってきた。
行き場をなくしたカーライズは町を彷徨うようになり、そこでトィート伯爵に出会ったと、語ってくれた。
「トィート伯爵様が……」
「そう。私にとっても、彼は恩人だった。婚約者だったマダリアーガ侯爵家のバレンティアは、異母弟の婚約者になったよ。父親同士の意思だけではなく、彼女は私がキリーナ公爵にならないと聞くと、あっさりと私を捨てていった」
両親から愛を与えられたことのなかったカーライズは、婚約者から与えられた愛に夢中になっていた。
だからこそ、裏切られたときの悲しみは、憎しみに変わってしまうほどだった。
「だが、卒業前に父が急死した。異母弟は私を疑っていたが、トィート伯爵のお陰で無罪を証明できた」
その後、自分を糾弾した異母弟を名誉毀損で訴え、彼は追放刑になった。
すると、婚約を解消したはずのマダリアーガ侯爵家のバレンティアが、再婚約を提案してきた。
「当時の私には、マダリアーガ侯爵の意見を退ける力はなかった。そんなときにナージェから、『悪女ラーナ』の話を聞いた。それでトィート伯爵への恩返しという名目で、君に結婚を申し込んだ」
そんな事情だったのかと、リアナは、あのときのカーライズの瞳を思い出して納得する。
「トィート伯爵は、私にとっても恩人だった。だから、そんな彼を騙していたという『悪女ラーナ』を嫌悪して、あんな条件の契約結婚を突きつけてしまった」
たしかに世間では、トィート伯爵は若い愛人に騙されて振り回されているという噂が広まっていた。
恩人を貶める悪女を、彼が憎んだとしても仕方がないことだ。
リアナは姉を守るために、その悪女を演じていた。
結果として、カーライズを騙していたことになる。
だから、彼が罪悪感を持つ必要は、まったくないのに。
「君が本当に悪女なのかと疑問に思ったのは、庭でリアナが祈っている声を聞いたときだ」
「祈り……」
「そうだ。きっとご両親の命日だったのだろう。君はただ、静かに姉のしあわせだけを祈っていた。そして、こんな結婚を強要した私のしあわせも、祈ってくれていた」
「あ……」
あの日の祈りを、カーライズは聞いていたのか。
そう思うと恥ずかしくなって、視線を逸らす。
「君と、話をしてみようと思った。けれどあの冬は、領地でも雪の被害が多かった。その対応に追われているうちに、君はいなくなってしまった」
リアナは、本当に悪女だったのだろうか。
疑問思ったカーライズだったが、リアナ本人と話す機会は失われてしまった。
そこでカーライズはフェリーチェに、リアナの報酬金の支払い先を尋ね、女性医師のことを知った。
そしてリアナの行動が、姉のためではないかと考えたようだ。
リアナが実家のカロータ伯爵家に戻っていると思っていたカーライズは、姉を訪ね、そこで『悪女ラーナ』がリアナではないことを知ってしまう。
「姉様は、話してしまったのですね」
「ナージェが君に帰ってくるなと言ってしまったことを聞き、そして女性医師に病気のことを聞いて、黙っていることに耐えられなくなったようだ」
姉は病気のことまで知ってしまったのかと、リアナは肩を落とす。
「姉様に黙っていたことは、良くなかったと思います。でも知ったら姉様は、絶対に治療を受けてくれなかった。私は、どうしても姉様に生きていて欲しかった……」
「そうだね。きっと彼女なら、そうしたかもしれない」
カーライズはそう言って、慰めるようにリアナの頬に触れる。
「君たちは、互いに相手を守ろうとして必死に頑張っていただけだ。ナージェも君にひどいことを言ったが、それも君の姉を愛していたからだ」
「わかっています。彼を恨むつもりはありません」
たしかにナージェの悪意には傷付いたが、リアナが彼を騙していたことも理由のひとつである。
「姉は、君を探そうとしていた。そして私も、君にどうしても謝罪がしたくて、ずっと探していた」
「謝罪なんて……」
「勝手に君を悪女だと思い込み、あのような境遇を強いてすまなかった。悪女として扱われて、つらいことも多かっただろう。本当に、すまなかった。私は結局、恩人のトィート伯爵のことも信じていなかったのだろう。信じていれば、彼が若い女性に簡単に騙されるなんて思い込むはずがない」
カーライズはそう言って、リアナに頭を下げる。
「そんな、ライ様」
リアナは思わず立ち上がり、カーライズを見下ろすことになってしまったことに気が付いて、慌てて座る。
「姉様が助かったのは、カーライズ様のお陰です。あれだけの金額、どうにかしようと頑張ってみましたが、私にはどうにもできませんでした。誰かの愛人にすら、なれなかったのです。だからカーライズ様が契約結婚を持ちかけてくださらなかったら、姉様も私も、生きていけませんでした」
「私を、許してくれるのか?」
「もちろんです。むしろ許すなんて、烏滸がましいくらいですから……」
リアナがそう言うと、カーライズはほっとしたような顔をした。
「エスリィーもナージェも、君の帰りを心待ちにしているよ」
「姉様は、元気ですか?」
「ああ。病気も完治して、医師にも、もう大丈夫だと言われているらしい」
「よかった……」
姉の病気のことが、ずっと気に掛かっていた。
「他に何か、聞きたいことはあるか?」
そう言われて、リアナは頷く。