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状況が理解できず、混乱するリアナだったが、カーライズの頭から血が流れていることに気が付いて、はっとした。
落石が当たったのかもしれない。
しかも彼の脚は倒れてきた木の下敷きになっている。
「はやく……。誰かを……」
リアナひとりでは動かせないだろう。
それに、頭を打っているのならば、早く手当をしなければならない。
助けを呼ばなくては。
そう思ってカーライズの腕の中から抜けだそうとしているのに、彼の手はしっかりとリアナを抱きしめて離さない。
「行かないでくれ」
「すぐに戻ります。誰かを呼んできますから」
そう言っても、ますます強く抱きしめられるだけだ。
(どうしよう……)
何とか抜けだそうとしていると、遠くから誰かの声が聞こえてきた。
町に来た騎士で、カーライズを探している様子だ。
それに気が付いたリアナは、ありったけの声を出して叫んだ。
「助けてください!」
その声は捜索していた騎士たちに届いたらしく、やがて複数の人が駆けつけてくれた。
カーライズを救出してくれてほっとするが、あまり意識がはっきりとしていない様子で、それが心配だった。
「あなたも馬車にどうぞ」
騎士たちと同じ馬車に乗るように言われて、カーライズのことが心配だったので、素直に従った。
彼は無事だろうか。
そればかり気掛かりで、他のことは何も考えられなかった。
子どもたちを診察するために教会に来ていた医師が同行してくれたと聞いて、少し安心する。
そのまま馬車は隣町には行かずに、領主の屋敷に向かった様子だ。
屋敷に到着すると、リアナは話を聞かせてほしいと言われて、そのまま騎士団の詰め所のようなところに連れて行かれる。
もしかしたら、罪に問われてしまうのかもしれない。
彼らの忠告を無視して危険な山道を通り、キリーナ公爵であるカーライズに怪我をさせてしまったのだ。
騎士たちと同じ馬車に乗せたのも、逃亡を防ぐためだったのかもしれない。
事情を聞かせてほしいと言われ、名前を聞かれて、どちらを名乗ったらいいのかわからずに、少し躊躇う。
それが不審にだったらしく、騎士の言葉が少し厳しくなった。
「私の名前は……」
「その方は、キリーナ公爵夫人のリアナ様ですよ」
リアナの声を遮るようにそう言ったのは、聞き覚えのある声だった。
驚いて顔を上げると、そこにはキリーナ公爵邸で暮らしていたときに世話をしてくれた、執事のフェリーチェだった。
「あ……」
「リアナ様、お久しぶりでございます」
そう言うと、フェリーチェは丁寧に頭を下げる。
彼のその態度と、キリーナ公爵夫人という言葉に騎士たちは慌てた様子だった。
「そ、そうでしたか。知らぬとはいえ、ご無礼を……」
「ちょっとしたすれ違いがあって、奥様は家を出られました。それを、カーライズ様は探し回っていたのです」
騎士たちは、それでキリーナ公爵はあんなに必死だったのかと、納得したような雰囲気になった。
よくある夫婦のすれ違い。
夫婦喧嘩だと思われたらしぃ。
けれどリアナは、戸惑いを隠せない。
「私とカーライズ様は離縁していて……」
「離縁届はまだ、出されておりません。ですから今も、リアナ様はキリーナ公爵夫人ですよ」
「……」
リアナはまだ困惑していたが、カーライズの容態を知るのが先だと、我に返る。
「あの、カーライズ様はご無事ですか?」
「ええ、大丈夫です。少し療養が必要ですが」
怪我はそれほどたいしたことはなく、ただやはり病の影響で、まだ体が弱っているとのことだった。
「しばらく休養すれば、元に戻るでしょう。ですから、ご心配なく」
優しくそう言われて、心の底から安堵する。
「それよりも、リアナ様のお姿が見えないので、無理にでも起き上がってしまいそうなのです。カーライズ様のところに来ていただけますか?」
「……はい」
少し迷ったが、彼のことが心配だったし、何よりも聞きたいことがたくさんある。
どうして、離縁届を出さなかったのか。
自分を探していたのは、何故か。
言いたいこととは、何なのか。
そして、顔を知らないはずなのに、どうして自分がリアナだとわかったのか。
そんな疑念を抱えながら、カーライズのもとに向かう。
「カーライズ様、リアナ様をお連れしました」
フェリーチェがそう言うと、カーライズに付き添っていた医師が振り向き、リアナを見て安堵していた。
どうやら、医師の制止も聞かずにリアナを探しに行こうとしていたようだ。
「リアナ」
ベッドの上に身を起こし、難しい顔をしていたカーライズは、リアナの姿を見ると、嬉しそうに名前を呼んだ。
フェリーチェに促され、リアナはベッドの傍に置いてあった椅子に座る。
「怪我はなかったか?」
「はい。カーライズ様が庇ってくださいましたから。カーライズ様は、大丈夫でしょうか?」
「ああ、たいしたことはない。リアナを守れてよかった」
優しい声でそう言われてしまい、嬉しさよりも困惑が勝る。
「あの、どうして私を探していらっしゃったのでしょうか」
聞きたいことはたくさんあったが、最初にそう聞いてみる。
「離縁届に、何か不備が?」
「……いや。離縁届を出さなかったのは、私の意思だ」
カーライズにも話したいことはたくさんあるようで、言葉を探すように、視線を巡らせる。
「最初にまず、詫びなければならない。君のことを悪女と思い込んで、あんな条件を突きつけてすまなかった」
「え……」
悪女と思い込んで、という言葉に困惑する。
「私は間違いなく、『悪女ラーナ』で……」
「君の姉が、すべて話してくれた。いや、そもそも『悪女ラーナ』なんて存在していなかった。君の姉はトィート伯爵の心に寄り添ってくれただけ。そしてリアナは、そんな姉を守ろうとしただけだ」




