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「ラーナ、無茶なことを」
そんなリアナを、カーライズが支えてくれた。
今さらながら怖くなってきて、リアナはカーライズに抱きついた。
「わ、私……。子どもたちとライ様を、守らなくては思って……」
カーライズは、そう言って震えるリアナを優しく抱きしめてくれた。
「気が付くのが遅れて、すまなかった。リアナが出て行ってくれなかったら、町に火を放たれていたかもしれない。よく頑張った」
そのまま抱きかかえて、教会に連れて行ってくれた。
「ラーナ、どうしたんだい?」
ふたりが帰ってこないので、探しに行こうと思っていた。
マルティナはそう言って、カーライズに抱きかかえられているリアナに駆け寄った。
「怪我をしているじゃないか。何があったんだい?」
リアナは、雨が酷くなってきたので、空き家を借りて雨宿りをしていたこと。つい眠ってしまい、気が付いたら暗くなってしまっていたこと。
そして、外に大勢の人の気配を感じたことを、順番に話した。
「町に、警備兵らしき人たちが押し寄せてきて……。流行病をこれ以上広げないために、この町を燃やそうとしていたの」
そして、町を守ろうとして男たちの前に飛び出し、石を投げられたことを説明すると、マルティナは激怒した。
「何てことを……。もしかして、本当に領主様がそんな命令を?」
「いや、セレドニオではないだろう」
憤るマルティナに、カーライズが静かにそう答える。
「急に爵位を継ぐことになり、それに加えて最近の不作と流行病で、なかなか地方まで目が届かないようだ。それに加えて、先代はあまり良い領主ではなかった。結果が伴わなければ、努力しているなどと言い訳かもしれないが、町を燃やせと命令するような男ではない」
あきらかに領主を良く知っているようなカーライズの発言に、怒りに震えていたマルティナも、戸惑った顔をしてリアナを見た。
リアナは何も言わず、ただ頷く。
それだけで、マルティナもカーライズが、想像していたよりも位の高い貴族だと気が付いたのだろう。
「今まで何も説明せずに、すまなかった。私はキリーナ公爵家の当主、カーライズだ」
「こ、公爵様……」
マルティナが慌てて頭を下げようとするが、カーライズは笑って首を横に振る。
「あなたたちは、私の命の恩人だ。どうかそのようなことはしないで欲しい」
そして、この周辺の領主であるマダリアーガ侯爵は、キリーナ公爵家の分家であること。先代の失態によって、急に爵位を継ぐことになった当主の手助けをしていることを、説明してくれた。
「人を探していてね。そのこともあって、マダリアーガ侯爵領の様子もこの目で見てみようと思い、この辺りを散策していた」
そこで町に取り残された子どもたちの話を聞き、駆け付けた。
(マダリアーガ侯爵って、もしかしてカーライズ様の以前の婚約者の……)
たしか、マダリアーガ侯爵の令嬢だったと思い出す。
あの後の顛末を、リアナは詳しく知らなかった。
けれど急遽爵位を継いだということは、そうしなければならないだけの事態になっていたのだろう。
貴族学園に通っておらず、勉強よりも仕事を優先してきたリアナは、貴族のことにはとても疎い。
だからリアナの住んでいた修道院が、あのマダリアーガ侯爵家の領地だとは思わなかった。
「そうだったんですね。ではこの子たちは、ここの領主様に保護していただけるのでしょうか?」
「いや、セレドニオにはまだ、そこまでの余裕はないだろう。だから、私の領地に連れて帰ろうと思っている」
カーライズは途中で人任せにするのではなく、きちんと自分で面倒を見ると約束した。
そして、できればこの子どもたちだけではなく、流行病で親を亡くした子どもたちが安心して暮らせるような施設を作りたいと、語ってくれた。
(よかった……。これでこの子たちは、もう大丈夫だわ)
マルティナもそう思ったらしく、安堵した表情を見せていた。
「だが、今まで領内にそういう施設を作ったことがなくてね。できれば、ふたりにも手伝ってもらえると有り難いのだが」
そう言われて、リアナはマルティナと顔を見合わせた。
「私たちも、カーライズ様の領地に?」
「ああ。もちろん、そちらの事情もあるだろうから、断ってくれても構わない」
「子どもたちのことが、気掛かりだったんです。私にはもう身内は誰もいませんから、喜んで行かせていただきます」
いつも子どもたちのことを気に掛けていたマルティナが、間髪を入れずにそう返答した。
「ありがとう。助かるよ」
マルティナの返答を聞いて、カーライズがほっとしたように言った。
「ライ様は、ご結婚はされているのですか?」
マルティナが遠慮がちにそう尋ねたのは、慈善活動を仕切るのは、大抵は領主の妻だと知っていたからだろう。
「ああ、結婚は……。しているようなものだ」
カーライズは、少し濁すようにそう言ったが、リアナは、彼が結婚しているという事実に衝撃を受けていた。
離縁届を書いたので、リアナとカーライズの婚姻は解消されている。だからその後に、彼は再婚したのだろう。
もちろん、カーライズはキリーナ公爵家の当主で、結婚は義務でもある。
身分と資産、そして容姿にも優れている彼のことだから、相手に困ることはないだろう。
けれど彼への恋心を自覚してしまったリアナにとっては、あまりにも残酷な言葉だった。
「……私は」
リアナは震える声で呟く。
ふたりの視線がリアナに集まった。
「私は、修道院に戻ります」
マルティナもカーライズも予想していない答えだったようだが、リアナは自分の感情を抑えるのに必死で、そこまで気にする余裕はなかった。
「院長先生にはお世話になっていますし、大切な仕事もありますから」
「……そうか。無理強いは、できないな」
カーライズは残念そうだったが、言葉通り、無理に勧誘することはなかった。
もともと、彼が回復してこの町を旅立つまでの恋と決めていた。
だからショックを受ける必要なんてないのに、もしかしたら、もう少し一緒にいられるのではないかと思ってしまった。
「マルティナさん、子どもたちのこと、よろしく頼みますね」
そう言って、無理に笑顔を作る。
きっともうすぐ、彼はこの町を出て行くだろう。
そして今度は、もう二度と会うことはない。
カーライズには新しい妻がいる。今の彼ならば、普通の家族を持つことができるだろう。
だからリアナは、遠くからそのしあわせを祈り続けるだけだ。




