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リアナは夢を見ていた。
とてもしあわせな夢だったような気がするのに、目を覚ました瞬間、すべて忘れてしまったようだ。
ただ夢の余韻だけが、胸に残っている。
「お父様……。お母様……」
ただ、亡くなった両親の夢だったような気がした。
そんなことを考えながら、リアナは目を覚ました。
(温かい……)
寄り添ってくれる温もりを感じて、視線を上げる。
するとそこには、リアナの肩にもたれかかって、眠ってしまっているカーライズの姿があった。
「!」
驚いて、思わず声を上げてしまいそうになり、慌てて押し殺した。
状況を判断しようと周囲を見渡すと、ここは雨宿りに入らせてもらった町にある店のひとつだ。
薪を探しに町に出ていたリアナとカーライズは、ここに並んで座り、雨が止むのを待っていたことを思い出す。
どうやらそのまま眠ってしまったらしい。
(どうしよう……)
すぐ近くに、彼の体温を感じて落ち着かない。
外はすっかり暗くなっている。きっとマルティナも心配していることだろう。
でも、リアナはすぐに動くことができなかった。
カーライズが目を覚ませば、この穏やかで優しい時間が終わってしまう。そう思うと、動けなかった。
ここままでは駄目だとわかっている。
でも、あと少しだけ。
リアナはカーライズの寝顔を見つめながら、自分の初めての恋の終わらせ方を探していた。
穏やかな時間は、唐突に終わりを告げる。
町の方から、大勢の男たちの怒鳴り声のようなものが聞こえてきたからだ。
「!」
もしかして、盗賊だろうか。
リアナはびくりと身を震わせて、カーライズを守るように、胸に抱きしめる。
(どうしよう……)
教会にいるマルティナと子どもたちは無事だろうか。
どうしたらいいのかわからないまま、ただ大勢の気配は近付いてくる。
恐怖から身を震わせているリアナの耳に、男たちの話し声が聞こえてきた。
「建物に火を付けろ。これ以上、流行病を広めるわけにはいかない」
「町全体にですか?」
「そうだ。これは上からの命令だ」
信じられないような言葉に、リアナは恐怖も忘れて顔を上げた。
たしかにこの町の人たちは、流行病を恐れて逃げ出してしまった。
でも、まだここで暮らしている子どもたちがいる。
もうほとんどの子どもたちが回復しているというのに、この周辺の領主は、町ごと抹殺しようとしているのか。
「でも、子どもが取り残されているとか……」
「どうせ、そのうち死ぬだろう。それよりも、生き残って別の町に逃げられる方が面倒だ」
火を放て、という号令か聞こえてきて、リアナは思わず外に飛び出した。
「やめて!」
突然現れたリアナに、彼らは驚いた様子だった。
警備兵らしく、簡素な鎧と剣を身に付けている。
上からの命令と言っていたが、どうやら領主に仕える騎士ではなさそうだ。
「生き残りがいたのか。修道女か?」
その中でもリーダーらしき男が、リアナから距離を取りながらそう言う。
リアナも病気かもしれないと思って、恐れているのだろう。
「子どもたちは回復して、元気になりました。もうこの町の流行病は収束しています。町を燃やす必要なんてありません」
恐怖も忘れ、彼らを見据えてそう言う。
だが、返ってきたのは言葉ではなく、リアナめがけて投げられた石だった。
「……っ」
肩に当たり、想像もしていなかった痛みに、思わず座り込む。
数人の男たちが、近寄るなと言いながら、リアナに向かって石を投げつけている。
「回復したと嘘を言って、町に戻って病気を広めた奴もいる。そんな言葉、信じられるか。病に罹った奴は、みんな燃やしてしまえばいいんだ」
たしかに、この流行病では多くの人が亡くなったと聞いている。
誰だって、病には罹りたくないし、怖いだろう。
でも、彼らは回復した子どもたちまで殺そうとしている。
そんなことは、許されることではない。
彼らは、リアナが近付くことを恐れている。
ならば、こうすれば彼らは町に近寄れないはずだ。
リアナは両手を大きく広げて、町への道を塞ぐようにして立った。
「ここから先は、行かせない」
石が投げられて、頬を掠める。
怖かった。
でも、子どもたちを守るために、リアナはけっして動かなかった。
「そこまでだ」
苛立った男たちが、一斉に石を投げようとした瞬間。
リアナの前に、カーライズが立ち塞がる。
「ライ様、危ないですから!」
慌てて彼を庇おうとするリアナの頬を優しく撫でて、カーライズは町を燃やそうとしていた男たちに向き直る。
「誰の命令で、こんなことをしている。ここの領主は、マダリアーガ侯爵のセレドニオだ。セレドニオが、そんな命令を下すはずかない」
突然現れたカーライズの姿に、警備兵たちは明らかに動揺していた。
たとえ質素な服装をしていても、彼の佇まいは完全に貴族のもの。
この国では、貴族の存在は絶対である。
しかも領主であるマダリアーガ侯爵とも知り合いだと言っているのだから、ただの警備兵では太刀打ちできないと悟ったのだろう。
「……上司に、確認します」
ただ小さな声でそう言うと、先を争うように逃げていった。
それを見て、リアナは地面に座り込む。
足が震えて、立つことができなかった。