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カーライズの回復を素直に喜べないことに、自己嫌悪を覚えながら、リアナは先ほどの彼の問いに答えた。
「薪が少なくなってきたので、外に取りに行くところでした」
「そうか。ならば私も一緒に行こう」
「え? でも……」
まだ完全に回復していないカーライズに、そんなことをさせるわけにはいかない。
「ひとりで大丈夫です。すぐ近くですから」
そう思ったリアナは、ひとりで平気だと告げる。
「あんな重い物を、君に持たせるわけにはいかない。それに、私はもう大丈夫。心配はいらないよ」
でもカーライズはそう言って、先に教会を出てしまう。
「あ、待ってください」
リアナは慌てて彼の後を追った。
薪が積んである小屋は、教会の裏口から出るとすぐ近くにある。
地面は、最近降り続いた雨でぬかるんでいた。
薪が濡れていないか、心配になる。
やはり教会の裏の小屋には扉がなかったようで、そのせいで薪は雨ですっかり濡れてしまっていた。
「これでは無理だな」
薪の様子を確認していたカーライズは、そう言って視線を町の中に向ける。
「たしか、他にも薪が置いてある場所があった。そこに取りに行こう」
「はい。マルティナさんに断ってきますね」
リアナは一端教会に戻り、マルティナに、裏の小屋にある薪が濡れてしまっていたこと。町中まで取りに行くことを告げた。
「ひとりで大丈夫かい?」
「ライ様が一緒に行ってくださるそうです」
「それなら安心だね。気を付けて」
そう送り出されて、カーライズのもとに急ぐ。
ふたりで、町の中心まで歩いた。
あまり大きくない町だが、中心部には店が何軒も連なっている。
けれど店の入り口は破壊されていて、中のものが持ち出された形跡があった。
「これは……」
「住民が町を捨てて逃げるとすぐに、盗賊たちがやってきて、残された荷物を持ち出したらしい」
生き残っていた子どもたちが教えてくれたと、カーライズは言う。
子どもたちは彼らが立ち去るまで、教会の奥にじっと隠れていたそうだ。
「そんなことが……」
そういえば修道院からここに来るときにも、あの町の人たちに、盗賊が出没するから気を付けろと言われたことを思い出す。
(もし、また盗賊が出たりしたら……)
そんなことになったら、カーライズだけは守らなくてはならない。
そう思って前に出ると、背後で彼が笑う気配がした。
「盗賊が出るのは、住民たちが町を出た直後だけだ。彼らだって、流行病は恐ろしいからね。それに、どうして君が前に出る?」
カーライズは、黒いベールに包まれたリアナの頭を優しく撫でる。
「君は守られる側だ。危ないから、前には出ないように」
「……っ」
いっきに頬が熱くなって、リアナは両手で自分の顔を覆い隠した。
好きな人に、優しい声でそんなことを言われてしまったら、どうしたらいいのかわからなくなる。
「でも、ライ様は大切なひとで……」
「ラーナだって、大切だよ。全員、この町から必ず連れて帰ると決めている」
大勢のうちのひとりだと、わかっている。
でもカーライズは、リアナのことも大切だと言ってくれた。
(私には、これで充分だわ……)
そう思って空を見上げた瞬間、ぽたりと水滴が頬に落ちる。
「あっ」
「雨か」
急に降り出した雨に、ふたりは慌てて店の軒先に避難した。
少し雨宿りをすれば大丈夫かと思っていたが、雨はどんどん強くなっていく。
「ここにいると濡れてしまう。中に入らせてもらおう」
「はい」
カーライズに促されて、リアナは店の内部に移動する。
壁に備え付けられた棚は空っぽで、何もない。
ここが何の店だったのかもわからないくらいだ。
「こんなに根こそぎ持っていくなんて」
「ひどいものだな」
カーライズも周辺を見渡して、眉を顰める。
「この辺りで、雨が止むまで待たせてもらおう」
「はい」
隣に応接間らしき部屋を見つけ、そこにあったソファに、ふたりで向かい合わせに座った。
カーライズの金色の髪から、雨の雫がしたたり落ちる。
雨のせいか、肌寒くなってきた。
このままでは、また体調を崩してしまうかもしれない。
「すみません、ちょっと奥の方を見てきます」
リアナはそう言って立ち上がると、居住区らしい二階に向かった。
「私も行こう」
「いえ、大丈夫です。すぐに戻りますので」
そう言って、部屋を出る。
盗賊が侵入したのは店舗部分だけのようで、家の中には物がたくさん残っていた。
その中から真新しいタオルや上着などを見つけ、それをいくつか借りていくことにした。
カーライズのもとに戻ると、彼は少しぼんやりとした様子で、窓を打つ雨を見つめていた。
以前のような昏い影はなく、人が変わったようだと思っていたが、こうして見ると、やはりどことなく寂しげに見えてしまう。
たくさんの子どもたちに慕われていても、彼の孤独は癒やせないのだろうか。
もしかしたら、まだ元婚約者のバレンティナのことを愛しているのかもしれない。
カーライズの父親によって婚約が解消されられるまで、ふたりはとても仲が良かったと聞いていた。
その孤独に、寄り添えたら。
そう思ってしまい、リアナは心の中に浮かんだ願望を消し去る。
「ライ様」
リアナがそう声を掛けると、カーライズは顔を上げてリアナの姿を見つけ、表情を綻ばせる。
「雨がますますひどくなってきた。もう少し、ここで様子を見よう」
「はい。タオルを借りてきましたので、どうぞ」
そう言って渡す。
「ありがとう。ラーナも濡れているだろう。寒くはないか?」
「大丈夫です」
先ほどのように向かい合わせに座ろうと思ったが、ふと思い立ち、カーライズの隣に座る。
ここだと、窓から外の様子がよく見えるから、不自然ではないかもしれないと思ったからだ。
カーライズの反応が気になったが、彼は自然とリアナが隣に座ることを受け入れてくれた。
会話はあまりなく、聞こえるのは雨の音だけ。
けれどリアナは、しあわせだった。
ただ、ふたりきりで隣に座っている。
それだけで、こんなに心が満たされるのだということを、リアナは初めて知った。
姉には、今まで苦労した分、絶対にしあわせになってほしいと願っていた。
でも姉は、最愛の恋人と婚約して、今頃は結婚していることだろう。
ナージェも、姉を誰よりも愛し、大切にしてくれている。
きっと、今のリアナ以上にしあわせを感じているに違いない。
そう思うと、やっと肩の荷が下りたような気持ちになる。
ずっと張り詰めていた気持ちが、ほどけていく。
(ラーナ?)
カーライズの声が聞こえたような気がしたが、リアナの意識は微睡みの中に落ちていった。




