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適切な治療と栄養のある食事、そしてマルティナの献身的な看病もあって、さすがに子どもたちの回復は早かった。
重症だった子どもも、他の子どもたちと合流して遊べるほど元気になっていた。
けれどカーライズはまだ、ベッドにいる時間が長かった。
「情けないことだ」
彼はそう言って自嘲する。
「子どもの回復は早いですから」
リアナはカーライズの世話をしながら、そう言った。
それに、彼は生粋の貴族である。
こんな地方までひとりで旅をしてきたのだとしたら、疲れが出ていてもおかしくはない。体力が落ちていて、回復が遅いのだろう。
もしリアナたちがこの町を訪れていなかったら、一番危なかったのはカーライズかもしれないと思うと、ぞっとする。
マルティナの話だと、回復してから十日も経過すれば、もう他の人に感染することはないという。もう何日か経過すれば、裏口近くにいた子どもたちは、他の町に移動しても問題はない。
けれど、親元に帰れない子どもたちは、ここにいるしかない。
「これからどうしようね」
パンを焼きながら、マルティナが深刻そうに言った。
「修道院で受け入れられる数にも限界があるし、他の孤児院では、流行病に罹っていた子どもだと聞けば、受け入れを拒否するだろうからね」
「そのことですが」
まだマルティナには話していなかったと、リアナはカーライズとの会話を伝えた。
「ライ様が、面倒を見てくださるそうです」
「本当かい? たしかにライ様が面倒を見てくれるのなら、安心だね」
マルティナは、安堵した様子で何度も頷いた。
少し寂しそうにも見えるのは、子どもたちと別れるのがつらいのかもしれない。
まだ家族を失った悲しみを、忘れられないのだろう。
「でもそのライ様がまだ回復していないので、しばらくはここで暮らすことになりますね」
彼女を慰めるためにそう言うと、マルティナも笑顔になって頷いた。
「そうだね。子どもたちのためにも、ライ様には早く元気になってもらわないと」
回復したら、彼は子どもたちを連れてこの町を出て行く。
そうなったら、もう二度と会えないだろう。
そう思うと胸が痛くなって、リアナは俯いた。
かつて夫だった人に、リアナは恋をしているのだろうか。
(だって、あんなに優しく名前を呼んでくれた人なんて、今まで姉様以外にはいなかった……)
大きくて温かい手で頭を撫でられたときの安心感は、きっとこれからも忘れることはないだろう。
この想いを伝えたいとは思わない。
恋の成就も、望んでいない。
だから、この町で暮らしている間だけでいいから、想い続けることだけは、どうか許してほしい。
誰に許しを得ようとしているのかもわからないまま、リアナはただ、それだけを願っていた。
「さすがにそろそろ、薪が足りなくなってきたね」
この町に来てから、もう十日ほど経過していた。
子どもたちもほとんどが回復して、リアナやマルティナの手伝いをしてくれるようになった。
心配だったカーライズも、順調に回復している。
これだけ短期間で元気になれるのなら、子どもたちを置いていかなくてもよかったのではないかと思うが、ここまで回復できるのは稀だと、マルティナが教えてくれた。
「この辺りの町には貧しい人が多くて、子どもたちもあまり栄養状態が良くないからね。ライ様が最初に栄養のあるものを食べさせてくれて、院長先生が薬を惜しみなく分けて下さらなかったら、半数の子どもは命を落としていたかもしれないよ」
この町の住人が、子どもたちだけではなく、町ごと捨てたのは、すでに半数以上の人が流行病で亡くなっていたからだと教えてくれた。
最初は流行病だと気付かず、町中で普通に病人と接していた人もいて、あっという間に広がったらしい。
だから子どもたちも、親に捨てられただけではなく、すでに両親を亡くしている子どももいるだろうと、語ってくれた。
「そうだったのですね……」
流行病が知れ渡ると、物流も滞って、商品が届かなくなる。
薬も食糧も、まったく足りてなかっただろうという話だった。
リアナはカーライズに高価な薬なのかと聞かれ、山で摘んできて修道院で作った薬だと答えたことがあった。
けれど薬草を摘むのも手間が掛かるし、売ればそれなりの値段で売れる薬だ。
その利益と予防薬のことを考えれば、修道院の院長も、かなりの額を子どもたちに使ってくれたことになる。
修道院のある町の人たちも、貴重な食糧を惜しみなく分けてくれた。
そして何よりも、マルティナはほとんど休まずに、献身的な看病をしていた。
子どもたちも簡単に回復したわけではないと気が付いて、反省する。
「教会の裏の小屋に、薪がたくさんありました。取ってきますね」
リアナも、もっと働かなくてはならないと思って、教会の外に出た。
防犯のためにも、表の入り口はいつも施錠していたから、裏口から回って外に出ようとする。
「ラーナ、どこに?」
すると、背後から声を掛けられた。
振り返ると、カーライズが心配そうにこちらを見ている。
「ライ様、起きていても大丈夫ですか?」
「ああ、平気だよ。ラーナには本当に世話になったね」
寝込んでいた時間が長かったので、まだ体力は回復していないだろうが、それでも体調は悪くなさそうだ。
「よかったです。でも、無理はしないでくださいね」
一緒に暮らすうちに、カーライズともかなり打ち解けて話せるようになってきた。
それは嬉しく思うけれど、彼が回復してきたということは、別れのときも近付いているということだ。




