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「お食事をお持ちしました。食べられますか?」

 そっと声を掛けると、カーライズはゆっくりと目を開ける。

「子どもたちは」

「向こうで、マルティナさんが見てくれています。だから安心してください」

「そうか。よかった」

 そう言うと、カーライズは安堵したように頷いた。

 親にも捨てられた子どもたち。

 でもカーライズのように、自分の身よりも子どもたちを心配し、常に気に掛けている人もいる。

 そう思うと、少し救われたような気持ちになる。

「何かあったのか?」

 そんなことを思っていると、カーライズがリアナを心配そうに見ていることに気が付いた。

「い、いえ。あの……」

 彼とは一年間、同じ屋敷で夫婦と暮らしておきながら、一度も顔を合わせることなく、話すこともなかった。

 そんな相手と、こんな至近距離で話をしている。

 それを不思議に思いながら、カーライズの気遣うような視線に、思わず先ほどのことを話してしまっていた。

「あの子たちが、自分の親にそんなことを言われたと思うと、つらくなってしまって……」

「ああ。私も、それを聞いたときは怒りを覚えたよ」

 カーライズもその話を知っていたらしく、リアナの言葉に同意するように頷いた。

「私がこの町に辿り着いたときは、生きる気力をなくしてしまっている子どももいた。こんな子どもたちが、ひとりで生きていけるはずがない」

「はい……」

 せめてここにいる子どもたちだけでも、何とかできないだろうか。

 リアナには何もない。

 ただの修道女でしかないのだ。

 何もできないことに、罪悪感を覚えてしまう。

「心配するな。ここの子どもたちのことは、私が引き受けよう」

 そんなリアナに、カーライズがそう声を掛けた。

「え?」

「ここまで関わったからには、最後まで責任を持つ。だから、そんな顔をするな」

 優しく頭を撫でられて、リアナは慌てた。

「あっ……、ありがとう、ございます」

 温かい、大きな手。

 その手に触れられた瞬間、胸がどきりとした。

 たしかにカーライズなら、それだけの資金も権力もある。

 彼は、キリーナ公爵家の当主なのだ。

 子どもたちは、もう大丈夫だ。

 そう思った途端に、涙が溢れてきた。

「……ごめんなさい。泣くつもりは……」

 今まで流してきたのは、悲しみの涙だった。

 でも、この涙は違う。

 安心しても涙が出るのだと、リアナは初めて知った。

「君も、きっと苦労してきたのだろうね」

 そんなリアナに、カーライズは優しく告げる。

「だから、子どもたちの境遇を心配して、共感することができる。そう言えば、まだ君の名前を聞いていなかったね。私は、カーライズという。子どもたちはライと呼んでいるから、そう呼んでほしい」

「は、はい。私は……」

 名前を答えようとして、躊躇う。

 彼の前で、ラーナと名乗っても良いだろうか。

 でもマルティナはリアナのことをラーナと呼んでいるし、今さら違う名前を名乗るわけにはいかない。

 それに本名を名乗る勇気も、まだなかった。

「ラーナと、申します」

 震える声でそう告げると、さすがにカーライズは少し驚いたような顔をした。

 けれど、それをすぐに押し隠し、穏やかな笑みを浮かべる。

「ラーナか。よろしく頼む」

 かつて、誰からも嫌悪されていた名前を優しく呼ばれた。

 不思議と胸が高鳴る。

 どうしたらいいのかわからない感情に陥って、リアナは胸を押さえた。

(そんなに優しい声で、名前を呼ばないで……)

 自分の感情なのに、どうしたらいいのかわからなくなって、戸惑ってしまう。

「あの、食事をどうぞ」

 食欲はあまりなさそうだったが、子どもたちのためにも早く元気になってほしいと言うと、何とか食べてくれた。

 それから熱冷ましと、呼吸が楽になる薬を飲んでもらう。

「この薬も、高価なのか?」

「いえ、これは修道院で作っている薬です。山から薬草を摘んできて、それを煎じて作ります」

「そうなのか。私にはまだ、知らないことがたくさんあるな」

 そう言って興味深そうに、薬の瓶を眺めている。

 彼の瞳には、以前のような昏い影はなく、その濃い藍色の瞳は、興味深そうに輝いていた。

 以前とは、まったく別人のようだ。

 カーライズは、人を探していると言っていた。

 その人の姉にも頼まれているが、顔も知らない相手だという。

 きっと自分のことだろうと、リアナは思っていた。

 けれど、それを確かめる勇気がない。

 姉にはもう、自分のことは忘れてしあわせになってほしい。

 それに、カーライズに自分が『悪女ラーナ』だと知ってほしくない

 自分が元妻で契約結婚の相手であったと知れば、きっとこんなに優しく名前を呼んでくれないだろう。

「ラーナ、どうした?」

 俯いたリアナを心配して、カーライズがそう尋ねる。

 最初から敵意のある相手に蔑まれても、何とも思わなかった。

 つらいことがあっても、姉のためだと思うと頑張れた。

 でも、こんなに優しく名前を呼ばれたあとに、彼に蔑むような視線で見られたら、疎ましく思われてしまったら、きっと耐えられない。

「まさか、熱が?」

「だ、大丈夫です!」

 額に触れられそうになって、慌てて身を引く。

「少し顔が赤いようだが……」

「元気ですから、ご心配なく」

 そう言って勢いよく立ち上がってみせると、カーライズはそんなリアナを見て笑う。

「そうか。でも無理はないように」

「……はい」

 優しく微笑みかけてくれる姿に、こんなに切ない感情を抱くなんて思わなかった。


あと10話で完結です。

最後までどうぞよろしくお願いいたします!

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