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 それから数日後。

 姉は、リアナが仕上げたドレスを着て、友人の結婚式に参列した。

 ひさしぶりの再会に、友人はとても喜んでくれたらしい。

 他の学園での友人とも再会し、そしてリアナの望み通りに、ある男性と知り合いになった。

 ホード子爵家の三男、ナージェ。

 新郎の友人らしく、結婚式で初めて会ったが、姉に一目惚れして、熱心に口説いてきたらしい。

「初対面の令嬢を口説くなんて!」

 最初にそう聞いたとき、リアナは憤慨したが、姉は必死に彼を庇った。

「口説くなんて、大袈裟よ。ただ、ドレスが綺麗だと褒めてくれて。私に、とても似合うと言ってくださって」

 そのときのことを思い出したのか、白い頬を赤く染めてそう言う姉が、眩しいくらいに綺麗だった。

 それを見ているうちに、リアナの怒りも収まっていく。

 願っているのは、姉のしあわせだ。

 そんな姉が望んでいるのならば、反対することもない。

 その後、リアナは刺繍を納品している服飾店を通じて、さりげなくホード子爵家のことを調べた。

 領地も爵位も王家預かりとなり、リアナも姉も、かろうじて貴族を名乗れるような状態である。

 自分たちが選べる立場ではないことは、承知しているが、今まで苦労をしてきた姉には、どうしてもしあわせになって欲しかった。

 だからそのホード子爵家のナージェが、姉をしあわせにしてくれる相手なのか、見定めたかったのだ。

 ホード子爵家は爵位こそ少し低いが、かなり古い家柄で、ナージェの父である子爵は王城に勤めている。

 その夫人も過去に王城に勤め、侍女をしていて、夫婦揃って真面目で堅実な人柄らしい。

 ナージェは、その子爵家の三男である。

 年は、姉よりふたつ上の二十四歳。

 自分の父と同じように王城に文官として勤めていて、結婚するつもりもなかったようだ。

 だから、今まで婚約者はいなかった。

 初対面で姉を口説いたと聞いたので、女性とみれば声を掛けるような人かと思ったら、そうではないようだ。

 むしろ真面目で、浮いた噂はひとつもない。

 そんな人が姉に声を掛けて、口説き文句のような褒め言葉を言ったのだとしたら、本気なのかもしれない。

 本当の姉は控えめだが品が良く、優しげな顔立ちで、さらに誠実である。

 一目惚れされても無理はないと、リアナは納得する。

 姉がしあわせになれるように、祈りを込めて刺繍したドレスを褒めてくれたのも嬉しい。

 もし姉も望んでいるのなら、全力で応援しようと決めた。

 姉は、結婚式後も友人との交流は続いている様子だった。

 友人もまた、姉とナージェを引き合わせてくれるらしく、彼女の家に遊びに行ったり、友人夫婦と四人で出かけたりしている。

 楽しそうな姉の姿に、リアナの心も満たされていく。

 とうとうナージェの家に招待されたと聞いたときは、リアナも張り切って、姉のために訪問用のドレスを新調した。

 もちろん、リアナの刺繍入りである。

「向こうは堅実なお家柄だから、もし両親の借金のことを聞かれたら、ほとんど返し終わっていることと、今は領地経営の勉強をしていることを伝えたほうがいいわ」

 ただ、トィート伯爵のことは話さないようにと、念を押す。

 彼には感謝しているが、『悪女ラーナ』と姉を切り離したかった。

「……わかったわ。でも、それでいいのかしら」

「もちろん。きっと姉様のしあわせを祝福してくれるはずよ」

 きっぱりとそう言い切って、姉を迎えに来てくれるナージェを待つ。

 彼とは初対面だから、きちんと挨拶をしなければならない。

 そう思ったリアナは、姉と並んで彼の乗った馬車を待っていた。

 やがてホード子爵家の馬車が到着した。

 やや小ぶりだが、格式高い馬車は、ホード子爵家の歴史を感じさせるものだ。

 その馬車から降りてきたナージェは、それほど背は高くないが、落ち着いた雰囲気の誠実そうな人だった。

 姉と似たような雰囲気に、きっと似合いの夫婦になるだろうと、気の早いことを考える。

 けれどそのナージェは、迎え出た姉に柔らかく微笑んだかと思うと、リアナを見て、僅かに眉をひそめた。

 何か気に入らないことがあったのだろうかと、リアナは内心、首を傾げる。

 けれど姉のことは愛しそうに見つめているから、ふたりの間に何か問題があったわけではなさそうだ。

「初めまして。エスリィーの妹、リアナと申します」

 挨拶をして頭を下げると、彼も名乗ってくれたが、その視線はあまり好意的ではない。

 どうやら彼が気に入らないのは自分らしい。

「妹のリアナには、いつも助けてもらっているの」

 嬉しそうにそう告げる姉は、ナージェの視線には気か付いていない様子だった。

 ならば自分もあまり気にしないことにしようと、にこやかにふたりを送り出す。

 でも馬車が立ち去ったあとも、リアナはしばらくその場に佇んでいた。

 姉の配偶者候補に嫌われているのは、少し問題があるかもしれない。仲良くできるように、こちらから話しかけたほうがいいのか。

 それとも、あえて何もしないほうがいいのか。

(何が気に入らないのかわからないから、対処のしようがないわね……)

 そっと溜息をつく。

 初対面であるにも関わらず、リアナを見るなり嫌な顔をしたからには、きっと何か原因がある。

 心配していたが、戻ってきた姉はとても楽しそうだったし、ナージェもリアナに敵意を向けることはなかった。

 でも

あの視線がリアナの勘違いだったのではなく、彼が巧みに自分の感情を押し隠したのだろう。

 さすが、王城に勤めているだけあると、変なところで感心する。


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