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【書籍化】身代わり悪女の契約結婚~一年で離縁されましたが、元夫がなぜか私を探しているようです~  作者: 櫻井みこと


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 静かな朝だった。

 リアナは修道院の狭い部屋の中で目を覚まし、空を見上げる。

 空は青く澄み渡っていて、今日も良い天気のようだ。

(良い天気ね)

 リアナは庭の井戸の水を汲んできて顔を洗い、身支度を整える。

 長い銀色の髪をきちんと纏めて、黒いベールの下に隠した。

 王都から遠く離れたこの修道院に来てから、早いものでもう一年が経過しようとしていた。

 最初は馴染みの修道院に身を寄せていたのだが、姉はこの場所を知っている。

 もしリアナと連絡が取れないと知れば、真っ先にここに来てしまうかもしれない。

 リアナも姉に会いたいという気持ちはある。

 病気が完治したかも気になっていた。

 けれど自分は『悪女ラーナ』で、姉の夫になるナージェには嫌われている。

 さらにキリーナ公爵であるカーライズと一年で離縁したことで、ますます評判が悪くなっているはずだ。

 自分の存在は、姉のためにもカロータ伯爵家のためにもならない。

 だから姉にはもう、自分のことは忘れて欲しかった。

 姉がしあわせになってくれたら、リアナも、自分のしてきたことは無駄ではなかったと思うことができる。

 そう考えて、修道院にいる子どもたちと別れるのは寂しかったが、そこから離れることにした。

 リアナが身を寄せたのは、身寄りのない女性が集まる修道院だった。

 年齢もさまざまで、夫を先に亡くしてしまった老女から、色々な事情があり、離縁してしまった女性。

 それから、親のいない子どももいる。

 リアナと同じような年頃の女性はいなかったが、年上の女性がリアナを気遣い、よく面倒を見てくれた。

 マルティナという名で、母が亡くなったときと同じ年頃の女性だ。

 彼女は王都でパン屋を経営していたらしいが、数年前に流行病で夫と子どもを失っていた。

 パンを作っていた夫が亡くなったことで店を続けられなくなり、店も潰れてしまって、この修道院に入ったようだ。

 夫が亡くなったあと、すぐに店を閉めていれば、まだ王都で暮らせていたかもしれないと、マルティナは寂しそうに笑っていた。

 何とか夫の店を守ろうと、不慣れな手つきでパンを作り、店を続けていた。

 けれど以前とは比べものにならないパンはまったく売れず、赤字が続いた挙げ句、店も家も手放してしまった。

 知り合いを頼って王都を出たが、そこにも長く居られず、こうして修道院で暮らしているのだという。

 そんなマルティナは、今でもパンを作ることは好きなようで、ここでもリアナや子どもたちにパンを焼いてくれたりする。

 そのパンはとても美味しくて、不慣れなために店を辞めたとは思えないほどだ。

「もっとたくさん食べないと」

 そう言って、たくさん食事を盛ってくれる。

(私はもう十七歳なのに……)

 しかも、形だけではあるが、結婚歴もあるくらいだ。

 それなのに、もっと年下の子どもと一緒に面倒を見られてしまうのは、少し恥ずかしい。

 でも母親が亡くなってから、もう六年が経過している。

 もう自分は自立していると思っていた。

 優しく微笑みかけてくれる年上の女性の存在に、こんなに安心感を覚えるとは思わなかった。

 修道院でのリアナの仕事は、病人の世話と、洗濯。そして、庭にある花壇の世話だった。

 修道院の隣には施療院があり、子どもを除いた修道女は全員、そこで病人や怪我人の世話をしている。

 洗濯を担当しているのは、リアナを含めて三人。

 姉とふたりで暮らしていたときも洗濯はしていたので、量が多いことを除けば、それほど苦労はしなかった。

 けれど花壇の世話は、リアナだけの仕事だった。

 この修道院に来たばかりの頃、花壇はほとんど放置状態で、かなり荒れていた。

 聞けば手入れする者もなく、何年も放置されていたらしい。

 でもその状態でも花が咲いていて、リアナはその花をもっと綺麗に咲かせようと、時間を見つけては、雑草を抜いたり水遣りをしたりしていた。

「花が好きなの?」

 ある日、それを見た優しい笑顔の院長にそう言われて、こくりと頷く。

「はい。好きです」

 答えた瞬間に思い出したのは、あのキリーナ公爵邸で見た美しい庭園だ。

 季節ごとに違う花が咲き、リアナの心を楽しませてくれた。

 もし願いがひとつ叶うとしたら、もう一度あの庭園を眺めてみたいと言うだろう。

「そうなの。では、あなたに花壇の世話をお願いしようかしら。数年前までは、私がやっていたのよ。でも、腰を痛めてしまって……」

 それからずっと、手つかずの状態だったのだと言う。

「あなたのような花が好きな人に世話をしてもらったら、とても嬉しいわ。少しだけだけど予算もあるから、好きな花を植えてもいいわよ」

「ありがとうございます!」

 リアナは院長の申し出が嬉しくて、思わず笑顔になった。

 花を眺めるのも好きだったが、いずれ自分で育ててみたいと思っていたのだ。

 でも花の世話は思っていたよりも大変で、水を遣り過ぎて枯らしてしまったり、植えた場所があまり良くなくて枯れてしまったりする。

 それでも院長に教えを請いながら、必死に勉強を続けた。

 少し難しいかもしれないと言われた花を見事に咲かせたときは、今まで味わったことのないような達成感を覚えた。

 毎日忙しく働いているし、マルティナように、リアナのことを気に掛けてくれる人もいる。

 誰もリアナのことを蔑まないし、悪口を言われることもない。

 以前とは比べものにならないくらい穏やかな暮らしだが、それでも姉のことが恋しくなる。

 あれから一年。

 もう結婚式は挙げただろうか。

 領地も無事に返還され、姉の夫となったナージェは、カロータ伯爵を継いだかもしれない。

 ナージェにはあまり良い印象を持たなかったが、彼が姉のことを愛しているのは間違いない。

 きっとしあわせにしてくれると信じていた。

 せめて噂くらいは聞けたらと思うが、地方にある修道院に、貴族の噂などほとんど入ってこなかった。

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