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「体の弱い女性にかかりやすい病気で、数年前までは、治療法もありませんでした。少しずつ体が弱り、歩くことも話すこともできなくなって、最後には視力さえも失われてしまう、恐ろしい病気です」

「そんな……」

 自分の病気を知らなかったエスリィーの顔が青ざめる。

 さすがにアマーリアは、そんな彼女に申し訳なさそうに言った。

「何も知らせずに、勝手に治療をしてしまって申し訳ございません。ですが、リアナ様に口止めをされておりました」

「リアナに……」

「はい。病気を知れば、姉は絶対に治療を受けてくれないだろうと。数年前までは不治の病でしたが、今は良く効く薬が開発されました。ただ、新薬なので、とても高価な薬です」

 薬の金額を知らされて、エスリィーはナージェの腕の中に崩れ落ちた。

「リアナが、あれほどお金が必要だと言っていたのは、エスリィーの治療のためだったのか……」

 ナージェはエスリィーを抱きしめながら、今までのことを思い出しているのか、苦悶の表情で告げる。

「どうして俺に話してくれなかったんだろう。エスリィーのためなら、どんなことをしても金を用意したのに。やはり、あんな態度を取っていた俺のことは、信用できなくて当然か……」

「私も、ホード子爵に相談してみては、と言いました。ですがリアナ様は、それはできないと」

 アマーリアが、その辺りの事情を説明してくれた。

「王家預かりになっている領地の返還には、借金を全額返金することが必要でした。姉の結婚相手の実家とはいえ、お金を借りてしまったら、領地返還が先送りになってしまう。そうなったら、姉の結婚も延期、もしくは破談になってしまうかもしれないと、怖がっておりました」

「……」

 エスリィーとナージェは、無言で顔を見合わせている。

 その様子から察するに、リアナの懸念は的外れなものではなかったのだろう。

「たしかに、そうかもしれません」

 カーライズの視線を受けて、ナージェがそう言った。

「父は、『悪女ラーナ』が身内になることを、あまり快く思っていませんでした。エスリィーが難病で、多額の治療費が必要と知れば、婚約を解消させようとしたかもしれません」

 それでもナージェはエスリィーを諦めるつもりはなかったが、父の援助なしでそれだけの治療費を用意することはできなかっただろう。

 リアナが契約結婚を承知しなければ、エスリィーは回復せず、亡くなっていた可能性が高い。

 アマーリアは、表情を変えて、エスリィーに優しく告げる。

「治療は一年間。先日、渡した薬で、治療は終了です。経過は順調で、薬も良く効きましたので、病気のことはもう心配はいらないかと思います」

「……そう、ですか」

 そう言われても、エスリィーの顔は晴れない。

「リアナは……。妹はどこに……」

「昨日のうちに、屋敷を出たようだ。忙しかったので、もう少し落ち着いたら話をしてみようと思っていたが、すでに彼女はいなくなっていた。だから、カロータ伯爵家に戻ったのだと思っていたのだが……」

「俺が、戻ってくるなと言ったからだ」

 ナージェが、爪が食い込むほど強く、手を握りしめてそう言う。

「エスリィーの命を救ってくれたのに、もうすぐ義妹になる予定だったのに、俺は何てことを」

「ナージェは悪くないわ。私のせいよ。私が、『悪女』を妹に押しつけてしまったから……」

 周囲から悪女と罵られようと、妹を必死に守ってきたエスリィー。

 トィート伯爵にとって、彼女は愛人などではなく、大切な娘だったのだ。だから、彼女を頼むとカーライズに頼んだ。

 勘違いから始まったとはいえ、ナージェも愛する女性を悪女から守ろうとしていた。たとえ病だと聞かされても、エスリィーの傍を離れなかったに違いない。

 そしてリアナは、姉のしあわせのために自分の幸福をすべて手放した。

 悪女と罵られても、ひどい条件の契約結婚を突きつけられても、姉のために耐えて、その命を救った。

 妹のために、自分を犠牲にしていた姉。

 姉のために、自分の未来を差し出した妹。

 それぞれ形は違うが、愛故の行動だった。

(それに比べて、私は……)

 たしかに両親に捨てられて、愛していた元婚約者に裏切られた。

 けれどリアナとは、まったく関係のないことだ。

 それなのに、リアナも元婚約者と同じような人間だろうと勝手に思い込み、まだ若いリアナに、あんなにひどい結婚をさせてしまった。

 一番罪深いのは、自分である。

 それなのにリアナは、こんな自分のために、祈ってくれた。

 しあわせを祈ってくれたのだ。

 彼女の高潔さを思うと、今までの自分がどれほど愚かだったのか思い知る。

 謝ってすむことではないが、きちんと謝罪したい。

 そして、姉のために自分の幸福を捨てた彼女を、しあわせにしたい。

「リアナを探す」

 カーライズは、気が付けばそう口にしていた。

「まだ離縁の手続きはしていない。彼女は、私の妻だ。必ず探し出す」

「ですが……」

 エスリィーは戸惑ったように、カーライズを見上げている。

「妹にあんな結婚を強要した私を、信じられないのも無理はない。だが、キリーナ公爵家の名を使ったほうが、探しやすいと思う」

 なにせ、キリーナ公爵夫人である。

「わかりました。妹を、どうかよろしくお願いいたします」

 ナージェにも、公爵家の力を借りた方が早く探し出せるからと説得されて、エスリィーは承知してくれた。

 必ず、リアナを探し出す。

 そう決意して、カーライズは公爵家の雑務は執事フェリーチェに任せ、定期的に連絡することを約束して、長い旅に出た。


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