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「その件は、バレンティナがその父親と一緒に追放刑を受けたことで収束している。たしかに関係者として謹慎を命じられていたが、それも解除になったはずだ」

 だから心配ないと言うと、エスリィーはようやく安堵した様子だった。

「それで、リアナはどうしていますか?」

「戻ってきていないのか?」

 エスリィーの様子を不審に思って尋ねると、彼女も困惑したようで、隣にいる婚約者を見上げている。

「ああ、契約期間が終わったのですね。ですが、彼女はここには戻らないと思います」

 契約結婚のことを知るナージェが、そう言った。

「どういうことだ?」

「彼女がこの話を受けると決めたとき、一年で離縁されるような者は、カロータ伯爵家の恥となるから、離縁されても戻ってこないでくれと言いました」

「ナージェ?」

 何も知らなかったらしいエスリィーが悲鳴のような声を上げて婚約者に詰め寄る。

「どうしてそんなことを。リアナは、私のたったひとりの家族なのよ」

「すべてを君に押しつけて、自分は遊び歩いているような妹など、いない方が君のためだよ」

「……違う。違うのよ。リアナは何も悪くないの。すべては私が……」

 エスリィーは涙を流しながら、何度も首を横に振る。

「君は病気なのだろう? 少し落ち着いた方がいい」

 見かねたカーライズがそう言うと、驚いたことにエスリィーは、自分は病気ではないと答えた。

「少し疲労が溜まっているだけです。お医者様もそう仰いました。それに薬を飲んでから、とても体調が良いのです」

「……薬」

 高額な医療費は、薬代だったのではないか。

 そう思ったカーライズは、エスリィーに執事のフェリーチェから聞いた名前を告げる。

「知っている人か?」

「はい。私を診てくださっているお医者様です」

 エスリィーはそう答えて、不安そうにカーライズを見上げた。

「あの、契約とか……。一年後に離縁とか、どういうことでしょうか? リアナは見初められて、しあわせな結婚したのではないのですか?」

 悲痛な声に罪悪感を覚えながら、カーライズはエスリィーとナージェを見た。

「どうやら互いに知らない事実があるようだ。この女性医師を呼び出してくれないか? おそらく、彼女はすべての事情を知っているだろう」

 姉の主治医ならば、病気のことはもちろん、リアナの目的も知っている。

 そう思ったカーライズは、エスリィーにそう頼んだ。

 彼女は戸惑いながらも、その指示に従ってくれた。

 女性医師が到着するまで、カーライズは契約結婚についてエスリィーに説明した。

「私が彼女に、一年間の偽装結婚を持ちかけた。報酬を支払うので、一年だけ、妻になってほしいと」

「そんな……」

 エスリィーは妹が見初められたと思っていたようで、今にも倒れそうである。

「一応止めたが、リアナは聞く耳を持たなかった。大方、借金でもしていたのだろう」

 婚約者を支えながら、ナージェがそう言う。

 以前も彼がそう言っていたので、カーライズもそうだと思い込んでいた。

 けれど、実際は違っていた。

「それが、彼女には借金などない様子だった。報酬で渡した金額の半分以上が、この女性に支払われていた」

 そう言って先ほどの女性医師のアマーリアの名を告げると、エスリィーには何か思い当たることがあったようで、はっとしたように顔を上げた。

「薬……。リアナに、疲労に効くから毎日飲むようにと言われていた薬があるの。たしかにそれを飲み続けていたら、体調が格段に良くなったわ。高価な薬ではない。自分ひとりで支払えるくらいだから気にするなと言ってくれたけれど……」

 おそらく、その薬の代金だろうと、カーライズも思う。

 エスリィーはただの疲労などではなく、きっと難しい病を患っていたのではないか。

 まさかリアナが契約結婚を受けた理由が、エスリィーの薬代だとは思わなかった。

 ナージェも目に見えて、動揺していた。

「だが、リアナは『悪女ラーナ』だ。今まで散々エスリィーを苦しめておいて、それくらいで……」

「違うの」

 エスリィーは涙を流しながら、それを否定した。

「リアナではないわ。妹は何もしてない。『悪女ラーナ』は、私なの」

 噛みしめるように、ゆっくりと告げられた言葉に、さすがにカーライズも驚いた。

「何を言う。君と『悪女ラーナ』では、雰囲気がまるで違う」

「そうだよ、エスリィー。そこまでして妹を庇わなくても……」

「リアナではないわ。だって『悪女ラーナ』が表れたのは、五年ほど前からでしょう?」

 エスリィーの言葉に、カーライズもナージェも、たしかにその通りだと頷く。

 当時はトィート伯爵が若い娘を連れ歩いていると、かなり話題になっていた。

「リアナは当時、まだ十一歳だったのよ。『悪女ラーナ』であるはずがないわ。全部、私が悪いの。私のせいで、あの子が……」

「十一歳……」

 ならば今のリアナも、まだ十六、七歳ではないか。

 普通なら、まだ貴族学園に通っている年頃である。カーライズの父でさえ、貴族学園の卒業まで、後継者変更と廃嫡を待っていたくらいだ。

 そんな彼女に悪女であることを強要し、顔合わせさえせずに、部屋に監禁状態にしていたのか。

 カーライズは気持ちを落ち着かせるように、深呼吸をした。

 自分を捨てた母や、簡単に裏切った元婚約者を恨んでいた。けれど、自分がしたことも、彼女たちと同じくらい卑劣なことではないだろうか。

「エスリィー。すべて話してくれないか?」

 カーライズと同じくらい打ちひしがれた様子のナージェが、婚約者の手を取って優しく促す。

 自らの罪に怯えるように震えていたエスリィーは、その温もりに励まされるように頷き、ゆっくりと話し始めた。

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