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だが、バレンティナがあっさりと自分を捨てて異母弟と婚約した時点で、愛情など欠片も残さないほど消え失せている。
むしろ何とかブラウリオの共犯として、彼女も追放刑にすることはできないかと悩んだほどである。
それなのにバレンティナは、家のために仕方がなかった。心はずっとあなたを思っていたと、心にもないことを口にする。
もちろん、カーライズはそれを退けた。
バレンティナと再び婚約することなど、あり得ない。
警備騎士団に呼び出されていた自分に、何を言ったのかもう忘れたのかと、厳しい口調で詰め寄った。
バレンティナは泣き叫んだが、かつて愛した人の涙は、まったく心に響かない。むしろ鬱陶しくて仕方がなかった。
爵位は継いだが、父と異母弟に対する意趣返しのようなもので、他の誰かと結婚するつもりもなかった。
けれど父の従兄であるバレンティナの父のマダリアーガ侯爵は、諦めなかった。
こんなときだからこそ、一族で力を合わせて、キリーナ公爵家を守らなくてはならない。
親戚たちにそう声を掛け、バレンティナを再びカーライズの婚約者にしようとしてきた。
もちろんカーライズは承知しなかったが、まだ貴族学園を卒業して、爵位を継いだばかりの若者と、かつて父よりもキリーナ公爵家当主に相応しいと言われていたマダリアーガ侯爵とでは、力の差がありすぎた。
それでもバレンティナとの結婚だけは避けたい。
そう思っていたカーライズは、あのトィート伯爵の愛人が、頻繁にパーティに参加していることを知る。
「きっとトィート伯爵に変わる新しい愛人を探しているに違いない」
苦労をしている姉が気の毒だと、そう嘆いていたのは、その姉の婚約者である、ナージェという男だった。
トィート伯爵の愛人は、カロータ伯爵家の娘だった。
カロータ伯爵夫妻は何年か前に、事故死している。
運の悪いことに、実業家でもあったカロータ伯爵は、ちょうど事業を拡大しようと、多額の資金を借りた直後だった。
もちろん返す宛があって借りたのだろうし、借金ではなく、事業金だった。
けれど両親を亡くした姉妹ではどうしようもなく、結果としては借金だけが残ってしまったようだ。
姉のエスリィーは、まだ入学して一年も経過していない貴族学園を辞め、借金返済のために懸命に働いていたようだ。
けれど妹のリアナは、父親の知り合いであったトィート伯爵に上手く取り入り、彼の娘の名である『ラーナ』を名乗って、贅沢な暮らしを満喫していた。
姉の婚約者であるナージェが嘆くのも、無理はない。
やはり彼女は、自分勝手で我が儘な、自分のことしか考えていない。カーライズが、一番嫌悪するタイプの女性である。
(悪女ラーナか……)
それでも、いまだカーライズが自分を愛していると思い込んでいるバレンティナよりはましだ。
トィート伯爵に生前、愛人のことを頼まれていたこともある。
カーライズはそれをナージェに話して、リアナに婚姻を申し込んだ。
もちろん、ただ結婚するつもりはない。
期間は一年だけ。
そしてとにかくリアナはお金を欲しがっているとのことだったので、多額の報酬を支払って契約結婚してもらうつもりだった。
夫婦はなるが、白い結婚どころか、顔合わせもする必要はない。
契約期間が終わったら、さっさと出て行ってほしい。
そんな結婚の条件に、義妹になるリアナを嫌っていたナージェも、さすがに複雑そうだった。
それでも、リアナからはすぐに承諾の返事が来た。
いくらトィート伯爵に恩があるとはいえ、愛人だった女性をキリーナ公爵夫人にするというカーライズに、さすがに親戚中から反対の声が上がった。
まして、バレンティナとの再婚約の話が出ている真っ最中である。
「トィート伯爵には、返しきれないほどの恩があります。そんな彼から、最後の願いだと言って託されたのです。彼女と結婚します」
もちろん、ただそう言って承知してくれるはずがない。
だからカーライズは、ひとつ条件を出した。
「もし彼女が噂通りの悪女で、私の手に負えなかったときは、離縁して爵位をお譲りします」
その場合、次の当主の最有力候補は、バレンティナの父であるマダリアーガ侯爵。
彼がカーライズの父親に爵位を譲ってしまったことを、ずっと後悔しているのは知っていた。
だからこそ、自分の娘をカーライズに嫁がせたがっているのだ。
もしバレンティナと結婚してしまえば、必ず義父として、色々なところに口を出してくるだろう。
今のカーライズには、それを阻止する力がないこともわかっている。
ならばいっそ、爵位を譲ってしまえばいい。
もともとあの両親からは、何ひとつ受け継ぎたくないと思っていたので、爵位を譲り、身軽になって、ひとりで生きていきたい。
バレンティナは最後まで反対していたが、マダリアーガ侯爵が承諾してくれたので、カーライズはリアナと結婚することにした。
結婚すると言っても、婚姻届けを提出するだけ。
どうせ一年後に離縁することは決まっているのだから、婚約披露も、結婚式も必要ない。
婚姻届けに自分の分はさっさと記入して、あとは執事のフェリーチェにすべてを任せることにした。
それから数日後。
カーライズはフェリーチェに、リアナが屋敷に到着したことを聞いた。
客間に通したが、とくに不満を言うこともなく、質素な装いをして、荷物も鞄がひとつだけ。
本当に悪女ラーナなのか疑ったと、彼は語っていた。




