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 契約期間が終わるまで、あと半年。

 ならばもう苦手なパーティに参加して、無理に悪女を演じる必要もない。

(……よかった)

 それに関してだけは、リアナは安堵していた。

 けれどキリーナ公爵は、かつての婚約者が修道院に入ってしまっても、まだリアナの悪名を利用するつもりらしい。

 謹慎期間だというのに、十日くらいの間隔で服飾店や宝石店の販売員がリアナのもとを訪れる。

 もちろん、リアナが呼んだものではない。

 フェリーチェの指示によると、謹慎中であるにも関わらず、宝石やドレスを買いまくっていることにしたいようだ。

 あまり欲しくもない宝石や派手なドレスを選ばなくてはならないのも、店員たちの呆れ果てたような視線に晒されるのも、なかなかストレスだった。

 次第に食欲も落ちてきて、実家から持ってきた古いドレスも、手直ししなければ着られないほどになってきた。

 でも、誰もそんなリアナの変化には気が付かない。

 気が付くほど、人と顔を合わせていなかった。

 唯一の救いは、たまに訪れる修道院で、女性医師から姉の回復具合を聞くこと。

 そして子どもたちと遊ぶことだ。

 姉は順調に回復していて、薬がとても体に合ったようだ。

 ただ、姉からの手紙は途絶えてしまった。

 姉も回復して、ナージェと一緒に社交界に顔を出す機会も増えた。

 カロータ伯爵を継ぐのだから、社交も大切にしなくてはならない。

 そこできっと、リアナの悪行を聞いてしまったのか。

 さすがに王家が関わる事態にまで発展してしまったから、関わらない方が良いとナージェに止められたのだろう。

 もしくは、公爵家に嫁いだ妹が我が儘に暮らしていると聞いて、呆れてしまったのかもしれない。


 季節は巡り、秋になった。

 庭に咲く花も植え替えられて、落ち着いた色合いの可憐な花が咲いている。

 リアナはその光景を、静かに眺めていた。

 今取りかかっている刺繍は、その秋の花をモチーフにしている。

 裁縫の仕事で得た賃金も、それなりに貯まってきた。もちろん大金ではないが、リアナひとりが慎ましく暮らす分には充分だろう。

 仕事も続けるつもりだ。

 部屋の中にはドレスや宝石が溢れていて、クローゼットにも入りきれず、箱のまま積み重なっている。

 キリーナ公爵家を訪れる宝石店の店員も、服飾店の店員もそんなリアナの部屋を見て呆れていたが、自分のものではないので勝手に開けることはできない。

 だから、そのままにしてある。

 きっとこの屋敷を出るときも、ここに置いたままにしておくだろう。


 そんなある秋の夜のこと。

 真夜中を過ぎた頃、リアナは部屋の窓を大きく開いて、夜空を見上げていた。

 この日は、特別な日だ。

 今から六年前、両親が事故で亡くなってしまった。

「お父様……。お母様……」

 リアナは両手を組み合わせて、静かに祈りを捧げる。

「カロータ伯爵家は、姉様と婚約者のナージェ様が継ぎます。きっとあのふたりなら、領地と領民を守ってくれるでしょう」

 ナージェはリアナには辛辣だが、優秀な人物で、姉を心から愛してくれている。

「姉様のことも、心配はいりません。薬がよく効いて、もう健康な人とほとんど変わらない生活をしているそうです。これからもどうか、姉様を見守ってください」

 こんな時間なので、庭園にはもう誰もいない。

 遠くの門には警備兵がいるが、そこまで声は届かないだろう。

 だからリアナは、亡き両親に静かに語りかける。

「私のことは、もう捨てて置いて下さい。姉様のためとはいえ、カロータ伯爵家の顔に泥を塗ってしまいました。ナージェ様が仰っていたように、きっと私には失望していらっしゃるでしょう」

 ナージェにそう言われたことを思い出して、組み合わせた両手に力が籠もる。

「どうか姉様がしあわせに暮らせますように。そして、姉様を救う手立てを与えてくださったキリーナ公爵のカーライズ様にも、しあわせが訪れますように……」

 リアナひとりでは、どう頑張っても姉を救うことは出来なかった。

 カーライズが契約結婚を持ちかけてくれたからこそ、姉のために薬を買うことができた。

 結果としては、人々の悪意に晒され、バレンティナとマダリアーガ侯爵家からは恨まれて、つらい思いもしたが、あれだけの金額をもらったのだから、当然のことだ。

 冬が終われば、ここでの生活も終わる。

 姉はナージェと結婚して、カロータ伯爵夫人となる。

 それを見届けることはできないが、噂くらいは聞けるだろう。

 姉が無事に結婚したら、王都を出よう。

 遠く離れた土地で姉のしあわせを祈りながら、ひとりで慎ましく生きていこうと思う。

 最後の日は、あっけなく訪れた。

 王女の事件で謹慎中だったので、あれからパーティにも参加せず、ほとんど部屋で過ごしていたから、日付の間隔も少し曖昧になっていたかもしれない。

 ひさしぶりにフェリーチェがリアナの部屋を訪れて、離縁届を差し出したのだ。

「これにサインをお願いします。屋敷からは、十日以内に出て行ってください」

「……はい、わかりました」

 リアナは頷き、躊躇うことなく離縁届にサインをした。

 最初と違い、まだカーライズのサインはない。多忙な様子なので、これから報告するのだろう。

 サインをして渡すと、フェリーチェは確認するように何度も書類を見つめていた。

「では、これで契約は完了となります。お疲れ様でした」

「お世話になりました」

 リアナは深く頭を下げる。

 これで、契約はすべて終了した。

 フェリーチェが部屋を出て行くと、リアナはさっそく荷物をまとめ始めた。

 十日以内に出て行けということだったが、荷物はほとんどないし、今ならカーライズも留守にしている。

 さっさと出て行ったほうが、向こうも助かるだろう。

 用意してもらった部屋着用のドレスもすべてクローゼットに戻し、着古した簡素なワンピースを着る。

 髪も三つ編みにしてまとめると、ひさしぶりに年相応な自分の姿を見たような気がした。

 派手な化粧も、華美なドレスも、もう二度と着ることはないだろう。

「お世話になりました」

 誰もいない部屋にそう言って、頭を下げる。

 黙って出て行っても良いのかもしれないが、一応礼儀として世話になったお礼の言葉を書いた手紙を置いて、教えてもらっていた裏口から屋敷を出た。

 季節が巡るたびに美しい花を咲かせ、リアナを楽しませてくれた庭園の前で、思わず足を止める。

 この庭園が見られなくなることだけが、唯一の心残りかもしれない。

「さようなら」

 リアナは小さくそう呟くと、もう振り返ることなく、一年ほど暮らしたキリーナ公爵家の屋敷を出た。


投稿ミス、申し訳ございませんでした。

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