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「わざわざありがとう」
礼を言うと、食事を持ってきた姉と同じくらいの年頃のメイドは、メインはこれから準備するので、もう少し待ってほしいと言ってきた。
「いえ、夜も遅いので、これで充分です」
もともと食の細いリアナは、これから作るというメインの料理を断り、パンとスープだけもらうことにした。
自分でテーブルまで運び、ひとりで食べる。
(おいしい……)
パンは柔らかく、スープも具沢山で、これだけで満腹になってしまったくらいだ。
食べ終わったら部屋の外にあるワゴンに置いておくようとのことだったので、そっと部屋の扉を開けて、食器を置く。
少し前までの喧噪が嘘のように、廊下は静まりかえっていた。
カーライズはおそらく屋敷の奥に住んでいるので、働いている人たちもそちらにいるのだろう。
少しだけ取り残されたような寂しさを感じながらも、リアナは存在を感じさせてはいけないのだと思い直す。
寂しいくらいで部屋を出て、契約違反に問われてしまったら大変だ。
静かに、おとなしく暮らさなくてはならない。
食事を終えたあとは少し縫い物をして、それから自分で整えたベッドに潜り込む。
ベッドは驚くほど柔らかく、固いベッドに慣れてしまったリアナはなかなか寝付けず、ただカーテン越しに月の光を見つめていた。
夜遅くに眠ったはずなのに、いつもの習慣で早朝に目覚めた。
リアナに与えられた客間は、寝室と応接間。
そして水回りの設備が備え付けられている。そこで身支度を整えてから、古いドレスに着替え、銀色の長い髪をまとめる。
あまりカーテンを大きく開けてはいけないかと思い、少しだけ開いて太陽の光を浴びる。
今日は晴天のようで、朝から花に水遣りをする庭師の姿が見えた。
昨日書いた手紙は、無事に姉のもとに届いただろうか。
女性医師のアマーリアに支払いもしてくれただろうから、薬も継続して届けてくれるに違いない。
体が弱いと子どもが授かりにくいと言われた姉は、一年後の結婚のために、きちんとその薬を飲み続けてくれるだろう。
アマーリアは定期的に姉の様子を伝えてくれると言ってくれたが、手紙の宛先はもちろん、このキリーナ公爵家ではない。
リアナは、昔から手伝いをしている修道院があった。
敷地内に孤児院もあって、裁縫が得意なリアナは、よく古着を再利用して子どもたちに服を縫っていたのだ。
手紙は、その修道院宛に送ってくれるように頼んでおいた。きっと修道院であれば、何回かは外出が許されるだろう。
(そうだ。子どもたちに服を縫わないと)
昨日と同じなら、リアナの朝食は屋敷の主人であるカーライズが出かけたあとだろう。そう思ったリアナは、持ってきた子どもの頃の服を再利用して、孤児院の子どもたちの服を縫うことにした。
(このドレス、覚えている。私の七歳の誕生日の日に、お母様が縫ってくださったものだわ)
可愛らしいデザインのドレスで、嬉しくて何度も母に抱きついたことを思い出す。
母もリアナと同じように裁縫が得意で、気に入ったデザインがないと自分でドレスを縫っていた。
姉にもリアナにも、たくさん作ってくれたことを思い出す。
母が縫ってくれたドレスを解くのは寂しかったが、もう着られないドレスを大事にしまっておくよりも、子どもたちに着てもらった方が母も嬉しいだろう。
姉の薬のために、形見の宝石も売り払い、ドレスもこうして原型がなくなってしまうが、思い出だけはいつまでも色褪せず、ずっと胸の中にある。
丁寧に縫い目を解き、もっと動きやすく、洗いやすい形に縫い直す。
夢中で針を進めていると、昼近くになってようやく、メイドがリアナの朝食を持ってきてくれた。
昨日と同じように、パンとスープだけ。
でもパンは食べきれないくらいたくさんあるし、スープも最高級の材料で作った具沢山のスープだ。
メインは好きな物を用意してくれると言ってくれたが、リアナはこれだけで良いと告げた。
これだけで充分だし、あまり豪華な食事をすると、姉に申し訳ないような気持ちになる。
それに、こんな食事が食べられるのも、一年だけだ。
贅沢に慣れてはいけないと、自制する。
「もう昼近くになりましたので、昼食はいりません。これからも朝と夜に、パンとスープだけでお願いします」
姉と同い年くらいのメイドは何も言わずに、リアナの我が儘を聞き入れてくれた。
何か欲しいものや伝言があれば、食器と一緒にメモを置いておいてほしいと言われて、承知する。
「今のところは大丈夫です。お気遣いありがとうございます」
もう二、三日経過したら、修道院に行かせてもらえるように頼んでみようと思っている。
部屋に戻ると朝食と昼飯を兼ねた食事をして、また外のワゴンの上に食器を出しておく。
午後からも、裁縫をして時間を潰していた。
今まで朝も夜も忙しく働いていたので、自由な時間が増えてかえって申し訳ないくらいだ。
このままでは数日後には、子どもたちの服を縫い終わってしまうに違いない。
(やっぱり仕事も引き受けておこう)
修道院に行ったあとは、町の仕立屋にも行かせてもらおう。
そう思いながら熱心に針を動かしていると、来客があった。
「はい」
軽く扉を叩く音に、反射的にそう答える。
メイドかと思ったが、リアナを尋ねてきたのは執事のフェリーチェだった。




