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【書籍化】身代わり悪女の契約結婚~一年で離縁されましたが、元夫がなぜか私を探しているようです~  作者: 櫻井みこと


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 それに大きな窓からは、広い庭園を眺めることができる。

 ここから季節の花を眺めながら、縫い物をしたらきっと有意義な時間を過ごすことができるに違いない。

「消耗品やドレスなどはある程度用意しておきましたので、荷物は後日、運んでいただきます」

「荷物はすべて持ってきましたので、大丈夫です」

 そう言って、傍に置いておいた鞄を指し示す。

「それだけですか?」

「はい。すべて持ってきました」

 フェリーチェはまたもや複雑そうな顔をしていたが、食事はあとで部屋に運ばせると言って、退出した。

 残されたリアナは、部屋の窓からしばらく美しい庭園を眺めていたが、持ってきた荷物を整理することにした。

 実家から持ち出してきた古いドレスをクローゼットにかけ、小物を整理する。

 フェリーチェが言っていたように、中には数着、新しいドレスがあった。

 上品なデザインのドレスは上等な生地で作られていて、手に取ってみることさえ躊躇われた。

 すべてここで暮らす間の借り物でしかないので、なるべく使わずに、自分で持ってきたものを使うことにする。

 どれも古びた物だが、大切に使ってきた愛着のある品だ。

 荷物は少ないのですぐに終わってしまい、次に何をしたらいいのかわからずに、無駄に部屋の中を歩き回ってみる。

 今まで朝から晩まで忙しく働いていただけに、何もすることがないことが、一番つらいかもしれない。

(もう少し落ち着いたら、外出の許可をいただいて、お仕事を引き受けにいこう)

 部屋で黙って裁縫をしているくらいなら、きっと大丈夫だろう。

 リアナも、一年後には身ひとつでここを追い出される予定である。そのときのための蓄えも、少しは用意しておかないといけない。

 リアナは椅子を窓辺に移動させると、そこに座って家から持ってきた道具で縫い物をすることにした。

 無心で針を進める。

 大勢が住んでいるはずなのに、広大な屋敷はとても静かだった。

 やがて日が暮れ始め、噴水の水も真っ赤に染まって、まるで炎が吹き上げているように見える。

 美しい庭は、また昼とは違う光景になる。

 リアナは飽きることなく、いつまでもその様子を眺めていた。

 ふと、庭の向こうに小さく見えていた門が開いた。

 何気なくその方向を見たリアナは、大型の馬車が屋敷に入ってきたことに気が付いた。

 屋敷の前には、フェリーチェや使用人たちが並んでその馬車を迎え入れている。

 この屋敷の主であるキリーナ公爵が、帰ってきたのかもしれない。

(あ……)

 リアナはとっさにカーテンの影に隠れた。

 一応、形だけとはいえ、リアナの夫となった人だ。

 けれど最初から対面は不要、宛がわれた部屋からも出てはいけないと言われたところを見ると、彼は最初からリアナと顔を合わせるつもりはないのだろう。

 でも物陰から、ひとめその姿を見るくらいは、許されるのではないか。

 そんなことを思いながら、様子を伺っていた。

 屋敷の前に馬車が止まり、御者が恭しく扉を開ける。

 すると中から、ひとりの青年が姿を現した。

(あの人が……)

 夕暮れの光を反射して輝く金色の髪。

 背はすらりと高く、顔は整っていて、女性ならば誰もが見惚れるほどの美形である。

 リアナですら、カーテンの影からこっそり覗いていることを忘れて、つい魅入ってしまったくらいだ。

 けれどそんな彼の藍色の瞳は、昏い影を宿している。

 まるで朝の光から一番遠い時間の夜のような、一片の希望もない瞳を見つめていると、胸が痛くなるくらいだ。

 見ているのがつらくなって、リアナはカーテンの影に隠れた。

 ずっと見つめていると、あの暗闇に、深い闇の中に引き込まれてしまいそうだ。

(どうして……)

 見ず知らずの、悪女として評判だった自分に契約結婚を申し込むくらいだ。

 訳ありなのは、承知していた。

 でも、こんなにも昏い瞳をしている人だなんて、想像もしていなかった。

 カーライズは、フェリーチェたちを伴って、屋敷の中に入っていく。

 幸いなことに、リアナがこっそり見つめていたことに、気付いた者は誰もいない様子だった。

 主の帰還に、今まで静まりかえっていた屋敷が、急に騒がしくなった。

 でも対面すら許されていないリアナは、妻としてどころか、居候としても挨拶をすることはできない。

 ただ窓辺に立ち尽くしたまま、先ほどのカーライズの瞳を忘れようと、固く目を閉じる。

 けれど、簡単には忘れられそうになかった。

 気を取り直して縫い物をしようとするも、何だか気が削がれてしまってなかなか進まない。

 気が付けばもう周囲は暗くなっていて、今日はこれ以上やっても無駄だとようやく諦めて、道具を片付ける。

 ベッドを確認すると、急遽この部屋を使うことになったためか、シーツなどは敷いておらず、上に置いたままの状態だった。

 それを自分で綺麗に整え、もう着替えてしまおうか悩んでいると、部屋の扉が叩かれた。

「はい」

 一瞬だけ、さすがに初日なのだから、カーライズが来てくれたのかもしれないと思った。

 でも実際に訪れたのはメイドで、夕食を持ってきたという。

 実家では夜は食べないことも多かったのですっかり忘れていたが、夕食には随分遅い時間である。おそらく屋敷の主であるカーライズが帰宅したため、彼を優先させたのだろう。

 それは当然のことなので、リアナがそれに文句を言うことはない。


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