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「……借金でもしているのか?」

 リアナがあまりにもお金に拘るからか、ナージェはそう尋ねてきた。

「借金なら、姉様だってずっとしているわ」

 そもそもカロータ伯爵家が、借金まみれだったのだ。

「君とエスリィーは違う。エスリィーは、カロータ伯爵家と君を守るためだった。それなのに君は、その間も遊び歩いていたのだろう?」

 だがナージェはリアナが、トィート伯爵が亡くなったあとも、派手な暮らしが忘れられなくて遊び回っていたのだと勘違いしたようだ。

 そのせいで返せないほどの借金を背負って、こんな条件の結婚話に飛びつくくらい、困っているのだと。

「……」

 あまりにも悪意のある解釈に、思わず黙り込んでしまう。『悪女ラーナ』は、よほど世間から嫌われていたようだ。

 この悪意に姉が晒されなくてよかったと、ひそかに胸を撫で下ろす。

「あなたも、私がさっさといなくなった方がいいでしょう? だから、この話を引き受けてください。ただ、姉様には契約結婚だということは、絶対に言わないで」

 契約結婚だなんて知れば、優しい姉は絶対に反対するだろう。

 そんなことまでして、無理に結婚などしなくても良い。ずっと一緒に暮らそうと言ってくれるに違いない。

 けれどナージェはまた、その言葉も違う意味に受け取ったようだ。

「高位貴族に嫁ぐのだと自慢したいようだが、エスリィーは、たとえ公爵家との縁談でも羨ましがったりはしない」

「え……」

 とっさに彼の言葉を理解することができなくて、リアナはナージェを見つめた。

(何のこと? まさか私が、公爵家に嫁ぐことを姉に自慢するために、契約結婚のことを口止めしたと思ったの?)

 ナージェがリアナのことを嫌っているのは、知っていた。

 でも、リアナと姉の仲が良いことは、普段のやりとりでナージェにもわかっていたはずだ。

 だから、そこまで悪意のある受け取り方をするとは思わなかった。

「そもそも一年で離縁される予定だろう。カロータ伯爵家の恥となるから、離縁されても戻ってこないでくれ」

 呆然とするリアナに、ナージェは続けてそんなことまで言う。

 もともと、戻るつもりなどない。

 一年が経過して、姉が元気になったことを見届けたら、王都から遠く離れた修道院に行こうと思っていた。

 けれど彼の言葉で改めて、もうカロータ伯爵家の当主はナージェになること。

 そうなったら、もうリアナの実家ではなくなることを実感する。

「……わかったわ。離縁されても、二度と家には戻らない。それで良いでしょう? このお話を進めてください」

 一年後、離縁されたあとにもう一度だけ屋敷に戻り、元気になった姉の姿を見ることができたらと思っていたが、どうやらそれも叶わないようだ。

 でも、姉が元気になってしあわせになってくれるのなら、それでいい。

 それで充分だと思い直して、リアナはナージェにそう告げる。

 彼はまだ何か言いたそうだったが、リアナはもう彼の顔も見なかった。

 無言のまま屋敷まで送ってもらい、礼も言わずに馬車を降りる。

 非礼だとは思うが、どうせ自分は『悪女ラーナ』だ。

 丁寧に礼を言っても、何かを企んでいるとしか思われないだろう。

 姉はもう休んでいるそうなので、そのまま自分の部屋に戻り、ひとりで着替えをすませる。

(荷造りをしないと……)

 部屋の中を見渡して、そう思う。

 あと十五日後には、一年分の薬代を支払いに行かなくてはならない。

 でもキリーナ公爵は、婚約したらすぐに結婚することを希望していた。そして結婚後に報酬を支払ってくれるそうだから、きっと間に合うだろう。

 だがそれは、この屋敷ともお別れだということだ。

 そう考えると寂しさはある。

 でも両親が亡くなった当初、まだ十一歳だったリアナには、家族でしあわせに暮らしていた頃よりも、ひとりで姉の帰りを待っていた記憶の方が鮮明だった。

 姉もきっとそうだろう。

 でもこれからは、愛する人とのしあわせな記憶で上書きされていくに違いない。

(姉様は、きっとしあわせになれる)

 そう思うと、寂しさも薄れていく。

 ナージェは、相手のキリーナ公爵に返事をしてくれただろうか。

 向こうからの申し出なので、リアナさえ承知すれば、すぐに話が進むに違いない。

 いつキリーナ公爵に呼び出されるかもわからないので、荷物をまとめておくことにした。

 一番大きな鞄を取り出して、私物をひとつずつ詰め込んでいく。

 だが、リアナ自身の持ち物はほとんどない。

 両親が遺してくれた形見の宝石も、姉の薬代のために売り払った。

 姉よりも背が高くなってしまったので、お下がりは着られず、最近はトィート伯爵の娘のドレスを借りて着ていた。

 向こうで着ていく服がないのは困るので、何着が借りていくことにする。

(あとは……)

 残っているのは、もう着られない服だけ。

 子どもの頃の服は、両親が買ってくれた思い出を失いたくなくて大事にしまっておいた。

 だが、これから住む場所もなくなるかもしれないので、もう着られない子どもの服を、いつまでも大切に取っておくわけにはいかない。

 処分しようか迷ったが、この服を再利用して、いつも手伝いに行っている孤児院の子どもたちの服を作ろうと思い立ち、持っていくことにした。

 向こうではすることがあまりないだろうから、こうして縫い物をしていれば、少しは気が紛れるかもしれない。

 それほど時間も掛からず、リアナの荷物は鞄ひとつに収まってしまった。

 そのまま眠る気にもなれず、窓の外から夜空を見上げながら、ここで過ごしてきた十六年を思う。

 年月が経過するにつれ、次第に薄れてきた両親の顔を、忘れないように何度も思い出しながら。


 キリーナ公爵家から正式に婚約の申し入れがあったのは、それから十日後のことだった。

 すぐに連絡が来ると思っていたのに、十日も経過してしまって、リアナはかなり焦っていた。

 あと五日後には、姉の薬代を支払わなくてはならない。

 新薬はよく効いたようで、姉は少しずつ元気になっていった。このまま薬を飲み続ければ、きっと完治するに違いない。

(そのためにも、何とか薬代を用意しないと……)

 もちろん待っている間も、常に仕事をしていた。その賃金はすべて、借金の返済のために貯めている。

 それでも、目標額には全然足りていない。

「リアナ、ちょっといいかしら」

 今日も部屋にこもって縫い物の仕事をしていると、姉が部屋を訪ねてきた。

「姉様!」

 体調を崩してから、ほとんど自分の部屋からも出られなかった姉が、こうして訪ねてきてくれた。

 そのことを喜びながらも、姉の体が心配で、慌てて駆け寄る。

「どうしたの? 何か用事があるなら、呼んでくれたらいいのに」

「大丈夫。最近は少し体調が良いの。リアナが買ってくれた薬のお陰よ」

 姉はそう言って、慌ててリアナが用意した椅子に座る。

「実は、ナージェが話していたのを少し聞いてしまったのだけれど、あなたに婚約を申し込んでくれた人がいるみたいなの」

「え?」

 姉のためにお茶を煎れようとしていたリアナは、突然のことに驚いて、危うくカップを落としてしまいそうだった。


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