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さっそく、会場に向かうことになった。
カロータ伯爵家の馬車は小さく、ふたりで乗るには窮屈である。
だからホード子爵家の馬車で迎えに来てくれたナージェは、リアナが馬車に乗るなり、苦々しく忠告した。
「最近は、随分と派手に遊び歩いているようだな」
「……ええ、そうね」
嫌悪を隠そうともせずにそう言われても、リアナは姉の薬代のことで頭がいっぱいで、ほとんど聞き流していた。
それが気に入らなかったようで、ナージェはさらに声を荒げる。
「トィート伯爵に変わる愛人でも探しているのか?」
「そうね。むしろ、彼よりも裕福な人がいいわ」
探しているのは事実なのでそう言うと、彼は呆れたように溜息をつく。
「カロータ伯爵家の評判を落とすような真似はしないでくれ。これまで必死にカロータ伯爵家を守ってきたエスリィーに、申し訳ないとは思わないのか?」
「姉様だって、私がずっとカロータ伯爵家に居座るよりは良いと思うわ」
もちろん姉は、そんなことは言わない。
むしろリアナが好きな人と出会って結婚するまでは、ずっと一緒に暮らそうと言ってくれている。
でもナージェは、リアナがすぐにでも家を出ることを望んでいた。だからこう言えば、もう邪魔はされないと思っていた。
「……結婚相手を探しているのか?」
訝しげな様子に、頷く。
「そういえばトィート伯爵が、君の結婚相手を探していたな。自分の愛人を誰かに押しつけるつもりかと、当時はかなり話題になっていたが、あれは君の希望だったのか」
そう言えばそんなこともあったと、リアナは曖昧に頷いた。
トィート伯爵は好意からだろうが、ナージェの言うように、当時の姉は彼の愛人だと思われていたのだ。
姉の将来を思ってくれたのだろうが、トィート伯爵の探した結婚相手では、姉はしあわせにはなれなかっただろう。
「私の条件を満たしてくれるのなら、結婚じゃなくても構わないけれど」
「条件とは?」
「お金よ」
そう言うとナージェはますます呆れた様子だったが、姉の薬代を支払えるのなら、どんな関係でも構わなかった。
そして、それを他の誰にも理解してもらいたいと思わない。
パーティでは、複数の男性に声を掛けられた。
驚いたことに、ナージェも何人か紹介してくれた。
リアナが家を出るために相手を探していると聞き、早くそうしてもらいたいと思ったのかもしれない。
でもナージェが紹介してくれるのは、普通の貴族の男性で、姉の薬代を得たいリアナの条件には合わなかった。
むしろ、良い縁談とも言えるような相手だ。
もしリアナに事情がなければ、喜んで受けていたかもしれない。
(でも、駄目なのよ……)
リアナが望んでいるのは自分のしあわせではなく、姉のしあわせである。
「彼らの何が気に入らない?」
帰りの馬車の中で、ナージェにそう言われたが、もちろん彼らに非はない。
「私にはお金が必要なのよ」
結婚相手の条件にお金と答えたリアナに、ナージェは嫌悪をあらわにしていたが、彼の反応など気にしてはいられなかった。
その後も何回かパーティに参加したが、話しかけてくるのは若い男性ばかり。
噂の悪女の正体を知られたことで、カロータ伯爵家の娘だったのかと、かえって声をかけてくる者が増えたようだ。
姉がホード子爵家のナージェと婚約し、ふたりで王家預かりになっている爵位と領地を継ぐことは、婚約披露パーティでも告げられていた。だから、リアナを通してホード子爵家との繋がりを求めている者もいる様子である。
ホード子爵家は、爵位こそ子爵だが由緒ある古い家柄で、縁戚には侯爵家や伯爵家も多い。
中には断るのが申し訳ないと思うくらい、真摯に交際を申し込んでくれた人もいたくらいだ。
このままでは、間に合わないかもしれない。
焦るリアナだったが、そんなとき、ナージェからとある縁談が持ち込まれる。
この日もあるパーティに参加する予定だったリアナは、最初は彼のエスコートを断ろうと思っていた。
義兄になる彼が目を光らせているせいで、なかなか愛人を囲っているような男性と話す機会がなかった。
けれど迎えに来たナージェは、有無を言わさずリアナを馬車に乗せると、そのままホード子爵家まで連れてきた。
「パーティに遅れてしまうわ。エスコートはいらないから、行かせて」
そう言ったが、ナージェはリアナを応接間に連れて行くと、座るように促した。
「私に文句を言いたいのなら、後にして」
リアナには時間がないのだ。
必死に訴えるリアナに、ナージェは静かにこう告げる。
「君に、縁談の申し込みがあった」
「え?」
縁談の申し込みなら、これまでもいくつかあった。
しかしリアナは、すべて断ってきた。どんなに良縁だろうと、リアナの目的を達成できないのであれば、意味はない。
リアナは、自分がしあわせになりたいわけではないのだから。
ナージェは、リアナが今までいくつも縁談を断ってきたこと。
そして目的がお金であることも知っているはずだ。それなのに、わざわざホード子爵家に連れてきて話すほどの内容なのか。
どうやらきちんと話を聞かなくてはならないようだと、リアナは抗議をやめてナージェを見た。