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そして五日後に、約束通りにアマーリアが往診に来てくれた。
彼女を馬車で迎えに行ったリアナは、何とかかき集めたお金で、三十日分の薬代を支払う。
このために、ドレスや装飾品もほとんど売り払い、借金返済のためにコツコツ貯めていたお金もすべて使い切ってしまった。
また明日から、寝る間も惜しんで働かなくてはならないだろう。
「姉様には、病気のことを言わないでください」
馬車の中でそう言うと、アマーリアは驚いたようにリアナを見た。
たしかに普通なら、リアナひとりで用意できるような金額ではない。
「ですが……」
「薬代なら、三十日後まで必ず用意します。姉には婚約者がいます。でも、もし病気のことが知られてしまったら、婚約を解消されてしまうかもしれないのです」
それに姉は、薬代のことを聞いたらきっと治療を諦めてしまう。
彼女も両親の知り合いの医師なので、姉が結婚しなければ爵位も継げず、借金を完済しなければ領地も返還されないことを知っているのだろう。
「わかりました。上手く話しておきます」
アマーリアはしばらく考え込んでいたようだったが、最後にはそう言ってくれたので、ほっとする。
最近は仕事と勉強を控えてなるべく休ませ、食事は栄養のあるものを意識して出していたので、少しは良いようだ。
でもやはり顔色は悪く、一刻もはやく治療を開始したいところだ。
問題は、一年分の薬代である。
それは亡き両親が残した借金と、ほとんど変わらないくらいの金額になる。
普通に働いて何とかできるような金額ではないことは、リアナにもわかった。
(あれだけあった両親の借金を無事に返済できそうなのも、トィート伯爵がいてくださったからだわ)
姉と若くして亡くなった娘を重ね合わせ、亡き娘の名前で呼んだりしていたが、見返りは何も求めず、姉に遺産の一部まで渡してくれた。
そんな人は、貴族でも稀である。
だからリアナが、姉と同じようなことをしようと思っても、それは不可能だろう。
(本当の愛人でも構わない。それでお姉様が救えるのなら……)
それに、薬代だけではない。
残りの借金も、一年後に予定されている結婚式までに支払わなくてはならない。
結婚してからも、返還された領地を運営していくためには、それなりのお金が必要となるだろう。
姉には体力をつけるためにも、今までよりも栄養のあるものを食べてほしい。
こうして考えると、お金はいくらあっても足りないくらいだ。
幸いなことに、今のリアナは『悪女ラーナ』である。
派手な装いをして夜会に出れば、それらしいお誘いはいくらでもあるだろう。
それに、姉の身代わりになると決めたときから、普通のしあわせは諦めている。
(お父様とお母様が亡くなった時点で、貴族としての私の人生は終わっていた。それを今まで長らえさせてくれたのは、姉様だわ)
姉のためなら、何でもしようと決意していた。
「五日前よりは、少しは良さそうですね」
診察したアマーリアは、そう言って姉を安心させてくれた。
「そうですか。ありがとうございます」
表情を緩ませて礼を言う姉の姿に、胸が痛む。
「疲労なら、このまま体を休めていれば治りますよね?」
あのときは承知してくれたが、やはりあまり薬は飲みたくないようで、姉はそう言って医師の様子を伺っている。
「そうですね。ですが、体が弱っているだけでもやはり治療は必要です。例えば、若い女性ですと、これから妊娠することも難しくなってしまうかもしれません」
体を丈夫にしないと、子どもを授かることはできないかもしれない。
そう言われた姉は、顔色を変えた。
これから結婚を控えている身としては、そう言われてしまったら、やはり気になるのだろう。
「薬で、何とかなりますか?」
「はい。きっと良くなりますよ」
アマーリアは優しく微笑んで、試しに三十日くらい飲んでみて、体調が良くなるようなら、一年ほど続ける必要があることを説明してくれた。
真剣に話を聞いている姉の様子から察するに、ちゃんと薬を飲んでくれるだろう。
上手く誘導してくれたことに感謝しながら、リアナは余計な口を挟まずにその様子を見守る。
「そのお薬の代金は、どのくらいでしょうか?」
おそるおそるそう尋ねた姉に、アマーリアはにこやかに答える。
「妹さんからもう頂いているので、大丈夫ですよ。彼女のためにも、きちんと服用してくださいね」
そう言って、さっそく薬を三十日分、置いていってくれた。そしてまた三十日後に往診に来てくれると約束してくれた。
これで姉は、きちんと薬を飲んでくれるだろう。
あとは、三十日後までに、一年分の薬代を用意しなくてはならない。
もう手段は選んでいられない。
リアナは覚悟を決めて、姉の出席していない夜会にも、悪女の装いをして参加することにした。
けれど、実際に男性に声を掛けられると怖くて、つい逃げてしまう。
大人びて華やかな顔立ちをしているのでまったく気付かれないが、リアナはまだ十六歳である。
必死に悪女を演じていても、今まで男性と話したことすら、ほとんどなかった。
(こんなことでは駄目だわ。姉様のために、頑張らないと……)
そう思って、さらに参加回数を増やした。
姉には、友達ができたので、会いに行きたいからと説明してある。
今夜も、とある伯爵家で開かれるパーティに参加する。
もちろん、ひとりで参加するつもりだった。
でも姉は、未婚の女性がひとりで参加するのは危ないのではないかと心配してくれて、義兄になるナージェにエスコートを頼んでしまったようだ。
彼は嫌そうだったが、姉の頼みを断ることができず、苦い顔をしながらもエスコートしてくれることになった。
(いくら悪女ラーナがカロータ伯爵家の妹の方であると知られているとはいえ、私とはなるべく関わり合いたくないだろうに……)
どちらにも得のないことだが、姉が大切にされているのを目の辺りにすると、やはり安心する。




