10
姉は、憔悴した顔で眠っている。
「……どうして」
思わずそう呟き、リアナは爪が食い込むくらい、両手をきつく握りしめる。
散々苦労してきた姉が、ようやくしあわせになろうとしている。それなのに、どうして姉がそんな病気にならなければならないのか。
「私だったらよかったのに」
涙が頬を伝う。
声を上げそうになって、リアナは急いで部屋から出た。姉が起きてしまったら、泣いているリアナを見て、不安になるだろう。
泣きながら自分の部屋に駆け込み、声を押し殺して泣いた。
(お父様、お母様……。姉様を、助けて……)
けれどどんなに呼んでも、父と母が答えてくれることはない。
どのくらい、そうしていただろう。
泣くだけ泣いたら、気持ちも少し落ち着いてきた。
今、姉を助けることができるのは、自分だけ。
これからどうしたらいいのか、冷静に考える。
ナージェに姉の病気のことを打ち明ければ、彼は何としても薬代を用意してくれるだろう。
悪女だと信じているリアナには辛辣だが、姉のことは心から愛している。
だが薬代のためとはいえ、また多額の借金を背負うことになったら、王家は爵位と領地の返還を許さないだろう。
そして継ぐべき爵位も領地もなくなってしまえば、ホード子爵はふたりの婚約を解消させる可能性が高い。
もともとナージェの熱意にほだされただけで、ホード子爵はカロータ伯爵家の未来を危ぶんでいた。
病気を治すだけではない。姉の未来のしあわせも守ろうと思えば、彼らに頼ることはできない。
姉を救えるのは、自分しかいない。
リアナは涙を拭いて、顔を上げた。
途方もない金額だが、それこそ五年前の姉と、年齢も必要な金額も同じである。
「絶対に、姉様を完治させてみせる」
姉のためなら、何でもする。
そう強く決意した。
幸いなことに、姉はぐっすりと眠っていて、なかなか目覚めなかった。
リアナはその間に顔を洗い、化粧をして、泣いた跡を誤魔化す。それから部屋に戻ると、ようやく姉が目を覚ましたようだ。
「姉様、大丈夫?」
すぐに駆けつけて、様子を伺う。
「ええ、平気よ。お医者様は?」
「忙しいようで、先に帰ったわ。姉様は色々とあって、疲れが溜まっていたみたいね」
不安そうな様子の姉に、リアナはそう伝えた。
「疲れ?」
もしかしたら大きな病気かもしれないと思っていたらしく、姉はその言葉に安堵した様子だった。
その姿に罪悪感を覚えるが、本当のことを伝えたら、姉はけっして治療を受けてはくれないだろう。
だから動揺を押し隠し、リアナは明るく告げた。
「そうよ。五日後にまた来て下さるわ。疲労に良く効くお薬を持ってきてくださるから、必ず飲んでね」
薬と聞いて、姉の顔が曇る。
「ただの疲れなら、薬は必要ないわ」
「だめよ。疲労を甘く見てはいけないと、お医者様も仰っていたわ。それに、そんなに高くない薬だから大丈夫。私の裁縫の仕事で支払えるくらいだから」
薬と言っても足りない栄養素を補給してくれるようなもので、一年くらい飲み続ければ必ず体調が良くなるからと、懸命に説得した。
「でも、借金もまだ残っているのに……」
一年後の結婚式までに、残った両親の借金をすべて返さなくてはならない。姉は、それを一番気にしているようだ。
「心配しないで。最近は、刺繍がよく売れるの。作るのが追いつかないくらいよ。姉様のことが心配なの。だから、私のために必ず飲んでね」
そう言って、ようやく承知してもらった。
医師は、一年ほど飲み続ければ完治するのではないかと言っていた。
そして姉の結婚式も一応、一年後に予定されている。
結婚式までに必ず姉の病気を治してみせる。
元気になって、愛する人としあわせな結婚をしてほしい。
(そのためなら、私は何だってするわ)
もう少し休むようにと言って姉の部屋を出たリアナは、これからのことを考える。
体力をつけるためにも、もう少し栄養のあるものを食べさせた方が良いだろう。
姉は華奢で、とてもか弱く見える。
リアナは同じものどころか、姉よりも食べる量は少ないのに、なかなか大人びた体型になってしまった。
そのせいで年齢よりもかなり上に見られ、だから自分だけ遊び回っているのではないと、ナージェに誤解されてしまっているのだろう。
でも、今はそれが役に立つかもしれない。
(食事代を今よりも少し多めに……。あとは……)
リアナは、これからの予定を改めて書き出してみる。
まず、五日後にまた女性医師のアマーリアが往診に来てくれる。それまでに、三十日分の薬代を支払わなくてはならない。
もし薬の効果があれば、それを一年ほど飲み続けることになるだろう。
最初の三十日分は、今までの蓄えや、所有している僅かな宝石類を売れば、何とかなるだろう。中には母の形見の品もあるが、姉の命には代えられない。
それに、カロータ伯爵家に代々伝わる宝石などは、すべて後継者である姉が所有している。それだけ残してあれば、両親も納得してくれるだろう。




