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第8話・誤解、誤解。あぁ誤解。

 オレの耳がバグったのかと思った。

 そうでなければ、脳みそが強引に聞き間違えたかと考えた。

「新井さん、どうします?今夜私と性行為しますか?」

 聞き間違えであってくれよ。

「橘さん、自分が何を言っているのかわかってます?」

 こんな美女からのお誘いなんて、普通に考えたらボーナスだし喜ぶことなんだけど今の状況が状況だ。

「理解しているつもりですが。それとも性行為にそれ以外の意味があるのでしょうか?」

 ねーよ。

 性行為しようって言われて一緒に映画で満足する人間なんていねーよ。

 するってと、このお姉さんは今夜その、せっ、せっ……。

「まぁ初めての行為は慎重になりますものね」

 言われたくねー!

 女側からDTへの気遣いとか、されたくねー!

 その気遣ってくれた見目麗しい女性は平然とコーヒーなどすすっておりますがね?

「先ほどの言葉は忘れてください。そろそろ帰りませんか?」

 オレの返答を待たずにエリカは立ち上がるとそのまま歩いていってしまう。

「ちょ、待ってくださいよ」

 いきなり話を打ち切られてついていけず、駆け足で後を追うのだった。


 帰りの電車は無言だった。

 元々エリカの口数は多くないし、オレは何を話したらいいのかわからない。

 エリカのことなんて何も知らないし、生きてきた世界も生活のステージも何も知らない。

 何だったら好きなことも嫌いなことも何も知らないのだ。

 それはエリカも同じ……じゃないな、オレが病院で寝ている間にオレのこと調べつくしてるんだった。

 あっちが一方的に知っていてオレは何も知らない。

 そんな状況は面白くない。

 ここは一丁、なにかぎゃふんと言わせてやらないと。

「橘さん、映画とか観る人ですか?」


『ジョナサン……助けて、ジョナサーン!』

 夕飯を食べて片付けが終わった後、オレたちはソファーに座ってB級スプラッタ映画を観ていた。

 品が無く、あまりにも気分を害する人が続出したのですぐに公開が終わってしまった作品だが、今の時代サブスクで拾ってくるのが簡単になった。

 オレはもちろん内容を知っているが、エリカはこんな作品なんて知らないだろう。

 昼間の意趣返し、人の純情を踏みにじった者はゾンビに食われて地獄に堕ちろ。

 今まさにヒロインチックなブロンドがゾンビに食われていく映像が流れる。

 そんな様をじっと見ているエリカ。

 無言。かつ凝視。

 むしろこの光景がホラーだろ。

 そんな状態で90分、エリカは微動だにせず映画を観続けた。

「終わりですか」

 エンドロールの流れ始めるとエリカがぽつりと一言こぼす。

「……どうでした?」

「非常に不愉快でした」

 そっけない感想に肩透かしを食らう。

「ですが、わざわざ提案いただいたので、何か意図があったのではと考えていたら終わっていました。すみません」

 それだけ言うとエリカは自室に入っていってしまう。

 パタンと閉まる扉。

 その行動で、自分の悪ふざけが最悪な結果を生んだことに気付いた。

 いたたまれなくなり、エリカの部屋の前に立つと扉の奥からすすり泣く声が聞こえる。

「……橘さん」

『なんでしょうか』

「ごめんなさい、昼間からかわれたと思って酷いことして」

「からかわれた……?」

 エリカの部屋の扉が開く。

 すこし赤くなった目。やはり泣いていたのか。

「私が何かしましたでしょうか?」

「ほら、その……性行為の件」

 このタイミングで言うの、かなり場違いな気がするがきちんと謝るなら理由を説明しないと。

「……あぁ、その件ですか。からかったと思ってたんですか」

「いや、そりゃいきなり……え?」

 からかってないと申しますか?

「言ったでしょう、新井さんをフォローするって。今回の施策は女性慣れしていないと成り立ちませんから」

 エリカの感情の籠らない目のせいで頭に血が上るのを感じる。さっき無礼を働いたかもしれないが、結局コイツの頭の中には政府の命令しかないってか。

「そうですか、捕まられると困りますものね。人類滅んじゃうし?」

「関係ありません」

「あ、そっか。こんな変態みたいなこと政府がしてたことをバレたくない?」

「関係ありません」

「じゃあオレのこと見下して……」

「関係ないって言ってるじゃないですか!」

 突然の大声に言葉を無くす。

 エリカの目からなぜか涙がこぼれていた。

「新井さんが嫌ならそうおっしゃってください。明日にでも新しい補佐を寄越してもらいます。その者と相談して施策を執行してください!」

 エリカは扉を勢いよく閉めてカギをかけた。

 ……なんなんだよ、その態度。


 こんな気分で眠れるわけもなく、かといってエリカと同じ一室に居るのも腹立たしい。

 どうせフロア貸し切りと言っていたんだから、隣でも向かいでも政府所有だろ。

 カギでも空いていれば儲けと玄関を出て向かいの扉に手をかける。

 開かない。そりゃそうか。

 試しに他の4つの扉、すべてノブに手をかけるが当然開かない。

 諦めてエリカのいる部屋の玄関を開けて、自分にあてがわれた部屋に戻る。

 すると、隣の部屋から壁越しにノック音がする。

『先ほどはすみません。取り乱しました』

 無視だ、無視。

『総理に連絡を入れて、別の補佐を取り付けていただく旨をお伝えしました。今日だけは、ご一緒の部屋でお許しください』

 へぇ、そうなの。返事しないけど。

『次はもっと男性の機微を察することのできる、経験豊富な補佐官を選別するように致します』

 ……ん?待て?

『新井さんの交際経験だけ存じているのは不公平でしたね。私も異性とお付き合いしたことはありません。なので男性の気持ちがわからず……申し訳ございませんでした」

「それって、昼言ったのって自分も初めてでしようとしてたの?」

 エリカの言葉が止まる。

 しばしの沈黙の後、再びエリカの声が聞こえてきた。

『あくまでもフォローですので。重い気持ちにさせたくなくて』

 ウソでしょ?

 女の子から初めてを捧ぐって提案を冗談って茶化したのか、オレは。

 むしろそんなことしてるんならそいつはくたばったほうが良いじゃないか。

 誰がそんなことしたんだよ、うん、オレだけど!

「どうして、そんなことまで」

『私だってひとりの女ですから。欲はあります』

 そうか、エリカは治療が済んでるのか。

 肩透かしを食らった気持ちでいると、今度はドアの方からノックが聞こえる。

「開いてますよ」

「失礼します」

 扉を開けたのはネグリジェ姿のエリカ。

 このタイミングでなんて格好してやがる!

「……なんでしょうか」

「ちゃんと顔を見て謝りたくて」

 エリカは部屋には入ってこようとはせずに、その場で頭を下げる。

「こちらこそ、ごめんなさい。いろいろ気付かなくて」

 逆光でこちらからはほとんどエリカの様子はわからない。

 オレが謝ると一歩、また一歩と歩みを進めてくる。

「止まって」

 ピタリと歩みを止めるエリカ。

 それ以上近付くな、オレの息子がどうなっても良いのか!

「さ、さすがにそれ以上だと、ね?ほら、橘さんもシたこと無いって言ってたし!」

 我ながら地雷を踏んだと思う。

「……そう、ですよね。初体験同士って、重いですものね」

 そういうつもりで言ってねー!

「じゃなくて!いくら仕事のためとはいえ、するのはちゃんと相手を選んだほうが……」

「……別に総理からはお相手をしろと言われてませんよ」

 エリカは、項垂れながらそんなことを言う。

 やめろ、やめろ!

 アンタ、自分が美人なことわかれ!

「ですが、新井さんの意志もあります。最初の治療候補は新井さんが気に入る女性を……」

 どうしてそうなるかね。

「……橘さん、こっち来ません?いきなり治療だと、粗相しちゃうかもなので」

 その誘い方は、全くムードも無いし、聞く人によっては不愉快になる誘い方だっただろう。

 しかし、お互い変にこじれた者同士、直接の言葉は嘘くさかった。

「……お手伝いします。施策のためです」

 エリカもそんなことを言ってのける。

 これまでの話からエリカも照れているんだろうとわかった。

 だって、近寄ってくれたもの。


 廊下から漏れる光で見えるエリカの身体は、慣れない者同士にはちょうどいい。

 昼間の予告通り、その日は明け方までふたりで起きているのだった。

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