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第6話・拷問同居生活

「新井さん、あまり眠れませんでしたか?クマがすごいですよ?」

 お前のせいだろがい!

 朝、リビングテーブルを挟んでみそ汁をすすっていた時エリカが聞いてきた言葉。

 その言葉に対して反射的に怒鳴りつけなかったオレはノーベル平和賞を貰っても誰からも文句は言われないだろう。

 その理由はコレを見ている人たちならわかるだろう。

「睡眠を阻害する要因があれば言ってくださいね。改善いたしますので」

 コイツ、ワザとか!?!?

 お前だよ!昨日お前が部屋で声上げてたからだよ!!

 奥様、信じられまして?セクハラしたら訴えますって言っておいて、隣の部屋で……オレに言わせるな!バカモンが!!

 ……果たしてオレは誰と戦っているのだろうか。

 タダでさえ女の人と一緒に暮らしているだけでふたつの意味で固くなるのに、そんな聴覚まで攻められたら陥落も必定、これぞ孔明の罠!

 ふぅ、みそ汁美味うまし。

「今日の予定は覚えていますか?」

「オレ、ここに暮らさなきゃダメですか?」

 オレが轢かれるまで住んでいた部屋に荷物を取りに行く予定だった。

 だが昨日の夜の出来事を考えたら一緒に暮らしててケモノが暴れない自信がない。

 ワンチャン、そのサポートをしてくれるのであれば、なんの文句も無いのですが目の前でだし巻き卵食んでる美人からは「手を出したら訴える」って言われてますし。


 エリカは答えてくれない。

 そう言えばちゃんと顔を見たのは今が初めてだった。

 薄いステンレスフレームのメガネに軽く束ねた髪。顔立ちは間違いなく美人。目は大きいし、鼻もはっきりしてる。

 俗にメガネを取ったら美人……というノリじゃなく、メガネ関係ない美人。

 こんな機会で無ければ会話するチャンスもないんと思うくらい、住む世界が違う。

 ただ美人だけど、いや美人だからこそこんな人と暮らすというのは落ち着けない。落ち着けるわけがない。

 まして常に訴訟の緊張感がある家に居たいとも思わない。

 エリカはみそ汁の椀を静かに置いた。

「もちろん、新井さん自身がこの施策に共感できないのであれば辞退していただいて構いません」

 耳を疑った。

 てっきり是が非でもやれと言われると思っていた。ふたつの意味で。

「良いんですか?」

「良くはありません。ありませんが私自身この施策に対していい印象を持っていませんので」

 そりゃ政府推奨で不特定多数の人間とセックスしろというのは異常だろう。

「でもオレが参加しないと人類滅んじゃうんでしょ?」

「そのことも子孫が生まれないだけですよね。別に無為に命が奪われるわけではない」

 確かに隕石が落ちてきたり、ゾンビになって死ぬわけじゃないんだよね。

「もちろん、後期生存者の生活は困難でしょう。インフラの維持や食料生産が困難になりますので。しかし、現在の人間が寿命を迎えるまでと仮定するなら120年程度の生活を維持する前提で運営すればつつがなく終焉を迎えるでしょう」

 その目は諦めも悲しみもなかった。

 ただの事実を淡々と語る、なんの感情も籠っていない空っぽな目。

「怖くないんですか?」

「怖いも何も。仮にこの施策が成功したとして私の寿命は変わりません」

 その考え方は合理的と言えばそうなのだろうけど。

 実際オレにも恋人がいるわけでも無いし、もちろん子どももいない。そりゃDTだからね!!

 いらない自虐を盛り込みつつ、この高尚なボケを見れるのはオレしかいない。他の人に見られているのだとしたら死んでしまいます。

「寂しくないんですか」

 脳を通さずに言葉が出ることってあるよね。今がまさにその時。

 そんな脊髄反射で出た言葉は思わぬ効果が出たようだ。

「寂しいですよ」

 それだけ言うと、エリカは食器をまとめてシンクに向かう。

「……そんな顔もできるのかよ」

 寂しいと言ったエリカの表情は、伏し目がちで、かすかに微笑んで。

 初めて見たかもしれない感情の入った顔は、今までの冷たさを忘れるほどかわいかった。


「着きました」

 リムジン横付けでアパートに帰る。

 ベランダの窓から覗いているのが見えてます。そりゃこんなボロアパートにリムジン来たら見てしまう気持ちがわからないでもない。

「……これから国を良くしないといけませんね」

 ナチュラルに喧嘩売られてます?ねぇ、売ってます?売っててくれない?情けなくなるから。

 確かにエリート街道歩いてきた人にはわからないかもしれないけどね、独り身の男の住まいなんてこんなもんですよ。

 しかし3か月放置していた家だから、大丈夫だろうか。食べ物とか捨てないとだろうな。

 部屋に入る。中の電気は通っていた。

「あれ?」

「新井さんが意識を失っている間の家賃と光熱費は政府が。引き払われても困りましたし」

 いつまで入院しているか分からなかったから、最悪何年も意識が無かった可能性があったと考えるとゾッとする。

「本当にここが新井さんのお住まいですか?」

 四畳半の1K、そこに布団が敷かれただけの空間を見たら無理もない。

 埃が溜まっていること以外は綺麗なものだ。その綺麗さは、何も物がないから言えることなのだが。

「念のため聞きますが何か持っていきたいものはありますか?」

 そう言われても、この部屋にある布団や冷蔵庫などの家電、調理器具なんかはあっちのマンションにもある。

 わざわざ持って行く意味はないからなぁ。

「あ、これだけ持って行って良いですか?」

 オレは押し入れを開けると、その中にあったラックの引き出しから折り紙で作られた一羽のツルを取り出す。

「……それは?」

「まぁ、捨てるに捨てられなくて」

 初対面の人に話すことじゃないし、あえて言えば程度の執着しかない。

「そんなに大切なものですか?」

「そんなんじゃないですけど」

 エリカは嫌にそのツルについて聞いてくる。さっきからずっと眺めてるし。

「そういえば、治療に成功したって言ってたけど誰がそんな治療を受けたんです?」

 話を逸らすつもりだった。一応自分の今後に関わることだし。

 オレの体液で治療ができるなんて、信じてないし。

 その質問が、こんなに後悔するとは考えてませんでした。

「私ですが」

 聞いたオレがバカでした!

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