第4話・人の話を聞いてくれ
「いやぁ、引き受けてくれるか。ありがとう」
総理は笑顔でオレを讃えてくる。
人の話聞いてました!?オレ前回思いっきり「無理です」って言いましたよね?正確に言うと「無理っすわ」って軽ーくいなしたよね?
「新井さん、諦めてください」
隣に座っているエリカは表情も変えずいい天気とでも言うようなテンションで告げる。何ならタブレット操作してるし。
「今後、治療行為は私がサポートします。対象候補をピックアップして交流、好感度を上げて性行為を行なってください」
お姉さん、しれっとナンパして口説け、ホテル連れて行けって言ってません?
「そんな無茶苦茶な。オレ誰とも付き合ったことないんですよ?」
恥を忍んで、屈辱を食み、ふたりに告げるとノーリアクション。
ひどくない!?
「そんなこと知ってるって。キミが寝ている間に全部調べてる」
「性行為が未経験ということも調査済みです」
殺せよー。初対面の女に童貞って言われた気持ち考えろよー。
「正確には昨日お会いしているので初対面ではありません」
だまらっしゃい。昨日のすれ違いが対面というなら、オレはクラスメイト全員と付き合ったことあるわ。
「与太話は置いておいて」
ジジイ!オレの人生を与太話と申すか!直れ、そこに直れ!
「キミがどんな人生だろうがなんだろうが、ここでキミが立たなきゃ人類が滅ぶんだよ。……立つってセクハラになっちゃう?」
「総理、その発言がセクハラです」
クール美女、エリカ。クソジジイの妄言をさらりと流す。
「まぁ、いいんじゃない?国から女があてがわれるって歴史を学んでも王族じゃなきゃできなかったことだよ?」
言われてみれば。
要するにオレは合法的に女の人ととっかえひっかえおせっせできるってことだよね?かなり役得では?
そんな邪な思いを巡らせていると、エリカはため息を吐く。
「そうは言っても、相手は治療という目的を知りませんよ?」
な ん で だ よ ぉ ! ?
「そりゃそうでしょう。『あなたの性欲を回復させるために見知らぬ男とセックスしてくれませんか?』なんて要請出してみたらどうなるのさ。一気にネットリンチだよ?国も、キミもね」
総理は笑いを噛み殺しているが、こっちは笑い事じゃない。
「そのため、新井さんにはご自身の力でターゲットと親密になっていただきたいのです」
なれるかぁ!?さっきオレがバキバキDTってことカミングアウトして恥かいただろ!オレに変態と誹られるリスクしかねぇじゃないか!
「あの、オレの体液が治療に使えるって、それ確定なんですか?」
逃げろ、どんな道でも良いから!
「実際に回復した被検体がいる。回復していく経過までデータがある。そこに間違いはないよ」
うっそだぁ、いい加減にしてぇ?
「ちなみに報酬は100万ね」
ひゃ!?……いやー、100万なんてすぐになくなっちゃうしぃ?
「総理」
「ゴメン、言葉が足らなかった。月に、ね?ちなみに非課税」
月収100来ましたー!?
「総理。それは確定情報ではないでしょう?」
「無理だとしても通すよ。なんならボクの給料から流せばいい。たった月100で人類救えるならやるべきでしょう」
え、総理、意外とカッコいい。
「さっき言った通り、橘くんをサポートに付ける。キミは可及的速やかに治療を進めて欲しい」
総理は立ち上がり、こちらに歩み寄ってくる。
パリッとした背広姿の上半身。つまり、下半身は……履けよぉ!
「総理、席から立たないようにお願いしたはずですが」
「これは失礼。いやー、本当は上も脱ぎたいんだが皆が許してくれなくてねぇ」
国会答弁で下半身丸出し総理も許しちゃいけないだろ。
「新井さんが眠っている間に超特急で作られた法案が『議員は国会内では礼装を身に付けること』でした」
その法案通した議員、グッジョブが過ぎるだろ。
「そうは言ってもね、裸に違和感を覚えるのはウィルスに感染していない人間しかいないんだけどね」
つまり、裸で歩き回ってる人間が感染者ってことね、おけおけ。
「詳しい話は橘くんから。これ以上行方を隠していたらまた何を言われることか」
「失礼いたします」
エリカに退出を促された。
聞きたいことはまだまだあるのだが、それも叶わないんだろう。文句を言いたいのをグッと堪え、ホテルの部屋を出た。
エレベーターに乗り、ロビーを通って地下駐車場に戻る。
「ロビーに居た人はほとんど服着てたね」
「このウィルスに感染していても、服を脱ぎたがる人ばかりではありません。傾向として、社会的立場が高い人ほど服を着ていることが多いようです」
なるほどねぇ……。
待って?日本国で一番社会性の高いおっさんが脱ぎたがっていたのはどう説明するの?
オレが黙ってじっと見ているとエリカは顔をそむけた。自覚あるのかよ!
「病院に寄ってください。荷物を取ってから行きます」
無視したー、このお姉さん無視したー。まぁ、そりゃ総理大臣が露出癖あるのはスルーするに限るよね。
オレが入院していた病院に寄って荷物を取る。と言っても取るべきものは何もなかった。いきなりトラックに轢かれて入院していた身分、私物なんて置いてないし。
「会計はこちらにお願いします。この患者が入院していたことは内密に」
エリカは名刺大の紙を渡すとそのまま車に戻る。
「新井さん、どうぞ」
歩いて帰ろうと思っていたところにエリカは車に乗るように促してくる。
どうせ家に戻るだけ、電車賃を浮かさせてもらおう。
車に乗るとエリカはスマホを渡して来た。
「連絡に関してはこちらの端末を使用してください。今入っている連絡先は総理と私だけですが」
なんですか、そのホットライン。
「今後ターゲットの連絡先はすべてこの端末にお願いします。暗号化されて他人からの傍受はできなくなってます」
「そんなに厳重にする必要ある?」
今の世の中スクショで晒される以上、厳重にしても無駄なだけだと思うけど。
「すべての人間が今回の治療に賛成しているわけではないのです。確かに行為を治療とすることに抵抗が生まれないわけがないのですが」
権利だー、配慮だーって言われているこの世情で反対が生まれるのはわからないわけでも無いが。
「こんな作品をこのタイミングで世に出す作者の頭にも困ったものです」
あなたがそれ言っちゃいますか!?
「新井さんも気を付けてください。この治療を明かさないということは超法規的な援助はありません。ターゲットから訴えられたら罪を償ってもらうことになります」
マジで言ってます?
誰とも付き合ったことのない人間に、後押しらしい後押しも無く、口説けって?しかも失敗しても助けないってどうなのよ。
口を開こうとしたところで見慣れぬマンションの前に停まる。
「新井さんも降りてください」
エリカの指示に従い、車を降りる。当然のように車は走り去ってしまう。
「3階です」
オートロックの扉を開けるとエレベーターの中に入る。ボタンを押せということだろう。すぐに扉が開くと、奥がつかえるので先に降りる。
左右に3枚ずつある扉、このフロアは6部屋あるのか。
「こちらです」
エリカは左奥の部屋に進んでいく。お茶でも出してくれるのだろうか。
「新井さんの私物は明日以降取りに行きましょう。検査結果が問題なかったとはいえ入院していたことに変わりはなかったのですから」
……ん?荷物を取りに?
「橘さん、どういうことです?」
エリカは天井を見上げながら手を打った。
「言い忘れておりました。今後一緒に暮らしますのでよろしくお願いします」
ウソやろ!?!?