第35話・血が繋がらないとて萌えぬ
「総理からまたメールです」
エリカは30分前と同じ報告をする。
「内容は?……聞くまでもないか」
「えぇ。『決まった?』のひと言のみです」
オレとエリカは同時にため息を吐く。
今日の朝6時から30分おきに、早い時は15分に1回送られてくる催促のメール……メンヘラかよ!
「確かにここまでターゲットの選定を伸ばしてしまったこちらの怠慢でもあります」
しおらしく俯いておりますが、ここまでターゲット選ぶ余裕が無かったの、あなたが変にこじらせてたせいですからね?
「それは……なんでもありません」
そのことを言おうとしたらエリカが頬を膨らませていたから引っ込めた。時々エスパーなんじゃないかと思ってしまう。
「一応治療が済んでいる人はふたり。リストはあと100人以上いますが誰にしますか?」
さらりと絶望に落としてくれるじゃない。
100人でひと月に1人治療したとして。全員治療が終わるまで……10年!?
え?ウソでしょ?オレ被害者なのに10年もこんなことやらなきゃいけないの?
「鬱になりそう……」
「良い心療内科に連絡しますか?」
表情を変えることも無くスマホを取り出す。少しは心配してもいいんじゃないかい、お姉さん。
「この前のカテゴリって参考にならなかったよね?」
前回治療したすみれ、カテゴリとしては最低のE。それにも関わらずセクマイで女の子のことが好きだった。
対してこのむくれ面のエリカは最難関のカテゴリSだったはず。
あまりにもランク付けがガバガバすぎる。そのせいで誰を選べばいいのかわからなくなっているのを考えると全部が全部エリカのせいでは無い、かも知れない。
「ルーレットアプリとかない?」
「それで決めて、失敗したらどう総理に言い訳したら良いんです?」
正論をぶつけてくる人、キライ。
実際どの人を選べばいいのかわからず、気分転換でカフェに来ているわけで。
もちろん、あの黒魔術の館じゃなくて近くのチェーン店ね。
え?店の名前間違ってる?気にしてはいけない。
外のカフェに来ている理由はふたりきりの空気に耐えられなかった、なんてことはナイナイ。……たぶん。
「順当に行くのであればカテゴリEをもう1度検討するのが無難ではありますが」
「そうは言ってもね。時間制限がなくなったとはいえ、厳しそうだからすみれに行ったわけで」
セクマイだというイレギュラーを抜きにして、すみれもすみれで治療できたことは運が良かった自覚はある。
なんならオレはほとんど働いてないからね。
「そうなりますと……1段階上げたカテゴリDですか?」
「それもそれで……」
タブレットをエリカから受け取り、カテゴリDのリストをスクロールしていく。
「お待たせいたしま……え?」
コーヒーを運んできたウエイトレスが言葉を途中で詰まらせる。
「お兄ちゃん?」
オレに妹は居ないんだけど。
だけど、その呼び方をする人間には心当たりがあった。
「……ユリ?」
「やっぱり!お兄ちゃんだった!久しぶり!」
「新井さん、妹さんがいらっしゃったのですか?」
エリカが微笑みながら、しかし温度の低い吐息を漏らしながらオレに尋ねてくる。
それはそう。エリカはオレの家族構成を知っている。妹が居ないことは知っている。つまり、オレを兄と呼ぶこの子の存在は知らないのだ。
「……この方は?」
「あぁ、この人は……」
「新井さんの彼女です」
ちげーよ。それで揉めてるの、忘れてんじゃねぇよ。
「……そうなんだぁ?お兄ちゃん、私以外の女の人と付き合ってるんだぁ?」
「えぇ。同棲もしています」
やめろ!?てか、空気読め!?
「ふぅん?お兄ちゃん、私仕事あと30分で終わるんだ」
「だから?」
「終わるんだ」
「……はい、待ってます」
「うん、ありがと。彼女さん、あとでゆっくり話しましょ?」
ユリはにこやかに微笑むとテーブルをあとにした。
「あの、説明を……」
「えぇ、30分でちゃんと説明できますでしょうか?」
エリカの嘘つき!態度控えるって言ったのに!
「えっと彼女は東雲ユリ、オレの幼馴染」
「……しののめ、ユリ。どこかで見た名前のような……それで?」
エリカは眉をひそめるがすぐに表情を微笑みに戻すと顎の下に手を組む。
「昔近所に住んでて。10年くらい会ってなかったんだけど、あっちもあっちでよく……」
「あ……ススムさん、タブレットにお名前を入力してください」
「オレの?」
「東雲さんのですよ」
エリカに言われた通り、ユリの名前をリスト検索に名前を入力。
「……出るのかよ」
「はい。以前名前を見た時、名字が珍しいので引っかかっていたんです」
名前を入力したタブレットにはしっかり「東雲ユリ」がリストに入っていた。カテゴリは……S。
「無理でしょ。Sだよ」
「ですが、会うだけならこれほど簡単な相手はいません。前回の赤羽さんのことを考えると、このランク付けを過度に信用するのは間違っているように感じます」
エリカもカテゴリのこと信用してないのかよ。
「確かにそうだけどさ、ユリを治療するってことは、スるってことでしょ?」
「なにか問題でも?」
「いえ、何でも無いです」
オレはコーヒーを一息に飲み干した。
言えるわけがない。昔、ままごとレベルとはいえ、結婚すると約束していたなんて。
今回も、一波乱ありそうだ。
ターゲットファイル・2
「ユリ」
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