第33話・雨降った地面は冷たい
立て続けに2人治療して一息つけるようになった。
しかし、今後治療を続けていくために避けて通れない問題がある。
それは、エリカとの関係だ。
すみれ、明日香と続いた治療中、明らかにエリカの機嫌が悪い。
わかりやすく言ってしまえば露骨に嫉妬しているのだ。
そのことはすみれの治療中にわかっていたことだし、なんならその問題を無くすためにデートしてたわけで。
まぁ、その最中に城崎と会ってうやむやになったわけだけど。
そんなこんなのなし崩しで放っておいたその関係が今になって煙を上げている。
具体的には、エリカが話してくれません。
どんなことかと言いますと。
「次のターゲットはどうしようか」
「お好みの方で良いのでは?」
「総理から連絡あった?」
「端末を渡していますよね?」
「今日のご飯、何にする?」
「ご自身でお決めになればよろしいかと」
こんな感じ。
すみれの後にも少しばかり冷たかったけど、明日香の治療後が割と決定的。
ちゃんと穴埋めしたはずなのに……と思ったけど、そもそもの関係性は治療のサポートであって、別に付き合ってないんだが?
「……出かけてくるね」
「女性のところですか?」
何の謂われも無いのにそんなこと言われたらさすがに腹が立つ。
「そうだね、街を歩いてテキトーに治療してくるよ」
うん、絶対にそんな度胸も無いことを言うのは、自分で自分の首を絞めているだけな気がするわ。
「……そうですか。報告書だけはお願いします」
その言い方も腹立つ。
どうせオートロックだしこの階には誰も住んでないから開け放しでいいだろ。
と、言うものの空気に耐えられなくなって出てきただけでどこに行くわけでも無く。
そして、スマホは総理から貰ったものだけしか持ってないから友だちに連絡も取れないし。
……うん、消去法か。
「……それでボクのところに?」
呆れながらも紅茶を出してくれる城崎。
だってヒマそ……気軽に会ってくれる人ってあなたしかいないんですもの。
「だからってわざわざここに来ること無いでしょう?色々と忙しいんですよ、こう見えて」
城崎は言葉の通り、オレに構うことなくPCに向かって何か作業を始める。さーせんね、暇人で。
「正直どうしたらいいのかって。エリカが怒っている理由もイマイチわかりませんし」
「……本気で言ってます?橘さんがあなたのことを好きだからじゃないですか?」
どうしてそうなるんだよ。
「ご本人がいないところで言うのもアレですが。橘さんも誰かとお付き合いしたこと無かったんですよね?成人を迎えたあとにこんな特殊な状況とはいえ同棲を始めたらそれなりに意識してしまうのでは?」
……思い当たるフシが無いとも言えなくもない。
「でも、それならオレに対して冷たくする理由ないじゃないですか」
「むしろひとつしかないじゃないですか。嫉妬です。橘さんから見たら、好きな人が不特定多数の女性と行為に及ぶわけですよ?嫌でしょう」
「あのー。それオレの希望じゃないっす」
「にしても、です。とにかく支障が出ているのであれば話し合いをするべきかと」
良いこと言ってるのに手はひらひらと振ってるんですが。帰れってことですか?
「実際、しこりが残っていると今後の活動に差し触るでしょうから。頑張ってくださいね」
若干追い返しにあった気がするけど正論と言えば正論。
仕方ない、ちゃんと聞くかぁ。
「ありがとうございます。……逃げないようにします」
「はい、いってらっしゃい」
なんか、強引に帰るように仕向けられた気もするけど。
さて、ちゃんと話し合いできるだろうか……。
「早かったですね。誰にも見向きもされませんでしたか」
殴っちゃダメですかー?
いかんいかん、これから話し合い、話し合い。
「ケーキ買って来たんだけど、食べない?」
作戦その1!女の子なら甘い物好きでしょう作戦!
「……どういう風の吹き回しでしょうか。いきなりケーキなど」
「食べない?」
「いる」
自分でやっておいてウソだろ?
エリカ、ひょっとしてチョロいのか?
「最近忙しくて話せてなかったから。これからのこと色々話したくて」
治療の方向性とかしっかりと決めないといけないからね。
「え、あ、その……はい。でも、心の準備が」
オレの言葉になぜか顔を赤く染めてしどろもどろになるエリカ。
「その、ススムさんは将来のこと、どのように考えてるんですか……?住む場所、とか。子ども、とか」
……あ、やべ。これスイッチ入れたわ。
「えっと、まず治療の、方向について話したいんだけど……」
「そうですか」
目が!死んだー!絶対地雷踏んだー!
「そのことに関してから話そうか」
「もう回答は頂いたようなものですが」
だから頭の回転の速い人は嫌になる!
「エリカはオレのことどう思ってるの?」
「新井さんのことはお仕事に対して前向きな方だと存じております」
距離を開けるな、距離を!
ここに来ての名字呼びと敬語は恐怖でしかないんだよ。
「そういう意味じゃなくて。……率直に聞くけど、オレのこと好きなの?」
「……」
黙るなよ、この流れで!
「逆に新井さんは私のことをどう思ってるのですか?」
「……」
黙るよね、いきなり聞かれたら!
実際オレもどう思ってるんだろ?
正直いきなり出会って、同棲始めてその上お互い初めての相手になって。
普通に考えたら恋愛コースなんだろうけど、その確認しっかりしてないし。
「……わからない、です」
「私も同じです。ただ、他の方の治療をしていることを見ると、いやな気持ちになる、それが本音です」
なんて答えたらいいのかわからねぇ!
「でも、それは私個人の問題。ススムさんがそのことで治療に引け目を感じるのは違います」
エリカはまっすぐオレを見据えてそう告げる。
オレは、言葉が出てこない。
「オレ、その……」
「私も最近態度が抑えられていませんでした。申し訳ございません」
それは、形だけの謝罪ではなく。
「これからはススムさんの邪魔にならないように努めます。これからもよろしくお願いします」
心から出たとわかる言葉。
「……うん、よろしくお願いします」
だからこそ、こんなことを言わせてしまった自分が情けない。
人は本音を話すことで適切な距離を保つ。
お互いの距離を掴むために言葉を交わす。
ただ、その言葉を交わした結果が、こんなに寂しい距離になるなんて。
雨降って地固まるとは言うけれど。
満足する土地になるとは言われてないんだと。
言葉を作ったご先祖さまに恨みの一言でもぶつけたい気分になった。




