第32話・本当のキモチ
同居人と旦那さんに見守られながら人妻と致す新たな性癖の扉が開きそうなイベントをたった今終えたのですが、本当にこれでいいのでしょうか?
「ふぅ……お疲れさまでした」
息子の頑張りが終わった後疲れから横になるとさっきまで抱かれていた明日香さんが頭を撫でてくれた。
さすがの包容力、疲れていた息子も喜んでいます。
「……んん!治療が無事に済んで何よりです」
よしよしされているとクーラーを入れたのかってくらいの勢いの冷たい冷気を漂わせたエリカが咳払い。
機嫌悪いのおかしくない?
「これで妻は元に戻ったのでしょうか?」
「おそらく、としか。摂取から快復まで個人差があるようですので」
あの、その目線やめて?ちゃんと蔵前さんに説明して?
「そうですか……。新井さん、本日はありがとうございました」
蔵前さんの表情は暗いものだったが、オレに手を伸ばし握手を求めてきた。
「握手されるようなことは」
あなたの奥さん抱いただけですし。
「いえ、今この世界で治療ができるのはあなただけ。……まぁ、あまり心良い方法で無いのは事実ですが」
本人目の前にして、それ言いますー?
頼んできたのあなたですよー?
「オレが言うことで無いかも知れませんが、交通事故にあったと思って忘れていただければ」
「気持ちよかったですよー?」
奥さん、お黙り!
「そうしましたら一応研究チームに経過報告だけお願いしてもいいでしょうか?」
サビたブリキ人形のようにぎこちない動きをしているエリカがそう言うと、オレの手を引いて部屋から出ていこうとする。
「ちょっと、服、服!」
あまりの勢いで手を引かれてそのまま床にダイブしてしまった。
「いてて……あれ?」
頭を打った衝撃で目の奥が白くなりながらベッドの下を覗いてしまうと、何か黒いものが置かれていた。
その物が何か確認する前にエリカに引きずられる結果になったのだけれども。
「……ススムさんは大きな胸が好きなんですね、小さくてすみませんでした」
変にこじらせているエリカがいるんですが。
「仕事でしょ、オレだってしたくてしてるわけじゃ」
「そーですね、あてがわれてたくさんの女性抱けて嬉しいですね」
面倒なことになってるよ?
「あのねぇ……総理からの依頼なんだから。それにこれで蔵前さんの奥さんが治ったら会うことも無いだろうし」
「……ホント?」
潤んだ目を向けるんじゃないよ。
「約束するから」
「絶対ですよー?破ったら去勢ですから」
それって治療もできなくなるんじゃない?
「……治ってない!?」
3日かけてエリカの機嫌を直してもらったあと、総理に呼び出されたときには嫌な予感がしていたんだが。
「総理、それはどういう意味でしょうか」
報告を受けて総理に掴みかかりそうな勢いのエリカに動じずため息を吐く。
「どういう意味もそういう意味だよ。橘くん、キミらしくもない」
エリカが落ち着くのを待つように促しながら再び口を開く。
「蔵前くんの報告と検査で快復兆候無しと本日確定した。つまり治療失敗ということだな」
そんな……あんなに大変なことをして、具体的には見られながらしたあとエリカの機嫌を直してもらうために丸1日の行為と2日のデートで治めたというのに!?
「納得できません。私と蔵前さんの前でしっかりと治療したというのに」
「それ、初耳。新井くんもやるぅ」
やってねぇよ!
いや、ヤったか!
「新井くんの趣味はいざ知らず、治療できなかった以上、もう一度望んでもらうことになる。今回は身内での出来事であるからよかったものの、一般市民には2度目のチャンスはないからね」
総理の言う通りだ。
蔵前さんが事情を知っている人だから改めて治療の機会があるけど、これがもしすみれだったらと考えるとゾッとする。
もう1度すみれを抱ける状況に持って行けるかと聞かれたら絶対に無理だもの。
「しかし、蔵前さんの奥さまは、その……愉しまれていましたよ?」
その疑問、オレが恥ずかしいからやめてくれない?
「もしかして新井くんの体液、性的興奮以外にも何かトリガーがあるのかな。もしくは演技だったか」
それも傷付くからやめろ!?
……もしかしてベッドの下で見たアレって。
「あの、もう1度、挑戦させてもらって良いですか」
「……去勢の準備をですか?」
総理に聞こえないように言うの、やめて!?
「それは構わないけど……何か策が?」
「蔵前さんに協力してもらわないとなので……お願いできますか?」
キッチンに控えていた蔵前がひょっこり顔を出す。
「……何を、ですか?」
「あなた早かったわね……あら?この前の?」
早速蔵前の家にお邪魔して再び治療を始めることにした。
善は急げである。善なのかは諸説あり。
「そうしたら、蔵前さん。お願いします」
オレが促すと蔵前は嫌そうに頷きながら奥さんの頬を叩いた。
「きゃっ……あなた、いきなりどうしたの?」
「亭主が帰ったらまず労いからだろー」
10人が聞いたら12人棒読みと答える、見事なセリフを吐きながら明日香の手を引っ張る蔵前。
苦手なんだろうなぁ、お芝居。
「そんな、いつもの通り出迎えたのに……」
「それがなってないんだよー。おら、酒持って来いー」
質の低いコントを見せられているような気分になりながら、明日香をベッドルームに連れていく。
「ついて行きます?見てるの辛いんですけど」
それはどっちの意味だろうか。下手な芝居ってことじゃなければいいけど。
「そうは言っても、これでダメならまた治療しないとだから」
「わかりました。去勢の準備ですね」
冗談は本当にやめてね。
「おらー、亭主が求めたら、股を開けー」
蔵前さんが頑張って奥さんに対して乱暴をしている。
「あなた、やめて、やめ……ろって言ってるだろ!」
オレらが部屋に着いた瞬間ベッドに押し倒されていた明日香が蔵前のアゴにケリを入れた。
「……あ、明日香?」
「私が大人しくしてたらずいぶんなことしてくれて。あなた?自分の立場わかってないようね!」
最初の1撃で押し返されていた蔵前はそのまま頬をひっ叩かれてぐるりとうつ伏せになってしまう。
四つん這いになって目が合う。
その表情は心なしか嬉しそうに見えた。
「く、蔵前さん……?」
「妻です……以前の妻です!」
……やっぱりでした?
オレがベッドの下で見つけた黒いモノ、それはバラ鞭やケインといういわゆるSMに使うものだったんだけど。
最初はね、蔵前さんがSで奥さんがMと思ったよ?
でも、旦那の見てる前でNTRってドMシチュで治らなかったことに引っかかって。そうしたら案の上。
「さっきはいい子してくれまちたねぇ?しっかりご褒美上げないとねぇ?」
オレの体液はまだ体内に残ってるでしょうから、そういう意味で本当に性的興奮を起こしてあげれば治るかなって、テキトー思った、だけなんですけど。
明日香はベッドの下にあった鞭を取り出すと、蔵前の尻を踏みつけた。
「さ、今日もいい声で鳴いてね?子豚ちゃん?」
……いい表情してるなぁ、ふたりとも。
「後日改めて検査致しますねー。それでは」
扉を閉めると、ばちぃん!と凄まじい音が響く。
少し開いていたんだ、そうに違いない。
「……南無三」
思わず合掌してしまうオレの隣でアゴに手をやっているエリカ。
「あぁいう行為も、あるのですね。なるほど」
絶対やらないからな。
次の日、蔵前の休養と明日香の快復が報告された。




