第31話・人妻の服装
「ここか……」
昨日、NTR……もとい、人妻の治療を命じられてしまったがために訪れた秘書さんのお家。
都心から約30分も電車に揺られることで着いたのは庭付き戸建て。
しかも建売じゃなくどう見ても注文住宅を思わせるモダンな作り。
庭は綺麗に手入れされて刈り込まれた芝が拡がり、それに面した窓は大きく陽の光がたっぷりと注ぎ込むことだろう。
依頼者のセンスの良さがはっきりとわかる、良いお家。
「エリカ、除草剤持ってない?」
「なんでススムさんは良い暮らしの人を見ると壊そうとするんですか?」
オレの嫉妬にエリカは肩をすくめて玄関に向かう。
チャイムを鳴らすと秘書さん……蔵前さんの返事と共にドアが開く。
「わざわざすみません、迷いませんでした?」
「人の道から多少は」
オレのちょっとしたボケにエリカは遠慮なく脚を踏みつける。
「……仲がよろしいようで何より。ではどうぞ」
この人もいい根性している。
まぁそれなりに図太い神経をしていないと政治家周りになんていられないんだろうけど。
「あら、こちらが?」
蔵前さんに招かれてリビングへ行くと、全裸の女の人がソファーに……服を着ろ!?
「あぁ、明日香。昨日お願いした新井さんと、そのサポートの橘くん。こちらが家内の」
「明日香と申します。今日はよろしくお願いしますね」
お願いされることは重々承知してましたが。
まだ明るい時分にも関わらずすっぽぽでリビングにいるのはどうなのよ。
「……初めまして。私、蔵前さんの部下で橘エリカと申します」
エリカ、ほんのりフリーズから立ち直り、明日香に頭を下げる。
そうか、立場上蔵前さんの部下になるのか。
「主人から話は聞いております。若いのに頑張り屋さんだって」
「そ、それほどでもありません。自分にできることを行なっているだけでして」
朗らかに会話しているところ悪いんですが奥さん、服を着てくれませんか?
「そうしたらお飲み物を用意しますね」
明日香さんはそのままリビングから出ていった。
「……あの、せめてお洋服を」
「私も妻にそう言っていたんですが、どうせ治療で脱ぐなら最初から着ていなくても、と譲らなくて」
その問答、想像するとシュールなんだよな。
「奥さまを治療するとお伺いしていましたが、蔵前さんは?」
「私は既に治療薬を飲んで快復しております」
治療薬の被検体はエリカだけじゃなかったのか。
それにしても。
「……なんか、すみません」
「……忘れましょう、錠剤でしたし」
一瞬お通夜のテンションになるのは避けられません。
なにせ、材料がオレの体液だし。
「話を戻しましょう。奥さまは治療方法については?」
「すべて話しています。もちろん、総理に相談の上ですが」
そうよねー、いきなり部下と見知らぬ男来て、旦那公認でおせっせって離婚されても文句言えない話の流れだもんねー。
「良く説得できましたね」
それはごもっとも。
確か世界が切り替わったときに常識も変わっているから、裸でいることが自然だったはずなのに。
「それは私が元々NRに感染していたことが大きいでしょう。なにせ妻の目から見たらいきなり服を着ろと言われ始めたんですから。それに妻も、自分の一部が削れたような感覚があったようで」
今まで気にしてなかったのに、いきなり服着ろって言われたらそれは違和感を覚えるか。
「それでも、性行為を代償にしての治療を待たずともススムさんが治療を進めていけばいつかは……」
エリカの言葉も最もである。
わざわざ他の男に身を預けなくても、待っていればいつかは、うん、いつか終わってくれるよね?
しかし蔵前さんは首を静かに振った。
「下世話な話となりますが。引き受けてくれた新井さんにはきちんと説明しないと。……正直、妻を抱きたいんです。こんな世界になる前のあの人を」
この男、ぶっちゃけ過ぎだろ?
いや、わからないでも無いよ?
なぜかオレは蔵前さんに手を伸ばし、握手を交わしていた。
「……これだから男って」
「なんか言った?」
ものすごく低い声が聞こえた気がしますが。
「なんでもありません。しかし、私たちが飲んだ錠剤を飲んでいただくのでも良かったのでは?」
その錠剤、基本的オレ権利が守られていない例のブツですか?
「さすがにそれはできませんでした。私と違い妻は民間人。治験の意図があるとしてもやすやすと人体実験に使うわけには」
自らをモルモットにした人の口から出た言葉とは思えないながら、オレは曖昧に頷く。
この問題、口を出したら火傷しそうなんだもの。
「お話の途中にすみません。お飲み物です」
リビングに戻った明日香はエプロン姿でトレーに紅茶とクッキーを乗せていた。
なんでここで裸エプロンなんだよ。
「明日香、逆に服を着るな」
「なんで?跳ねたら火傷しちゃうかもしれないでしょう?」
もっともなんですが、その格好はAVなんですよ。
あの、エリカさん。ボク悪いことしてないので横目で睨まないで。
「少し休んでいただいたら新井さんにお願いするから」
「ええ、よろしくお願いしますね?」
立ったまま前かがみになり、手を取ってくる明日香さん。
その体制にオレのオレも起立したくて主張を始める。
「その部屋には私が同席しても?」
咳払いをしながら微笑むエリカ。
笑顔の温度が、低い!
「もちろん。構わないよね、明日香」
「ええ、大事なお仕事ですから」
常識が狂ってるのにオレが前の世界の常識でしょ?
こんなのおかしいんだわ。
「そうしたら遅くなってもいけません。新井さん、ご準備は……大丈夫そうですね」
やーめーてー。
オレの息子を見てスタンバイ確認しないでー。
「……反応が早いですね」
エーリーカー!生き恥になるからー!
「新井さん……でしたかしら?よろしくお願いします」
恭しく頭を下げる明日香さんに誘われ、オレはベッドルームに向かうのだった。
もちろん、後ろからはエリカと蔵前さんが付いてくる。
ねぇ、コレなんて羞恥プレイなわけ?




