第3話・ハーレムを作れ
見下ろすとそこはヌーディストビーチでした。
待て待て。ビーチであるなら決まり緩くなったのかなって思えるけど、オフィス街だぞ!?
遠くてはっきりと見えないけど男女構わず全裸の人間が歩く状況なんてあり得ないだろ!?
「今見えている光景が、キミが転生しなかった弊害だよ」
牛頭総理は頭の後ろで手を組みながらリラックスしている。ふざけんな。
「どうして変質者が増えたことがオレのせいになるんですか」
こんな責任のなすりつけを受けてちゃんと敬語使えた自分を誉めてやりたいくらいだ。
しかしエリカも表情を変えずゆっくりと首を振る。
「総理のおっしゃることは正しいのです。異世界転生が失敗した時の弊害。歴史で何度かありましたが」
エリカのキャラを考えると騙そうとしているわけじゃないだろうけど。だからと言って納得できるわけは無いし、なんならまだドッキリ疑っているからな。
「今回の転生失敗で起こった現象は『ヒトの性興味の減退』。つまり性欲減退です」
……。それの何が問題?
「新井くん、性欲って産業に大きく関わっていてね。モテたいっていうのも根っこは性欲なわけ。いい車に乗りたいも、おしゃれをしたいも言ってしまえば性欲の成せる業なんだよ」
総理の言葉を聞いて、エリカは眉をひそめた。
「その発言、国会ではなさらないようにしてください」
「もちろん。この場だからしてるんだ。部外者に説明するためにはそれなりに砕く必要があるだろう?」
その物言いに、殴り掛かることを抑えたオレを誰か誉めてくれ。
「オレみたいな部外者がいたら失礼だろうから帰りますね」
そのまま扉に向かおうとする。
「それは困るな。ここからキミが当事者になる話なんだから」
振り返るとふたりの視線がこちらに向いている。
「なんですか?オレがもう1回トラックに轢かれて哀れなゴブリン生活をすればいいっすか?」
もう取り繕う必要もないだろう。もしかして「そうだ」と言われて殺されるかも知れないが、その時はその時、どうせ逃げられない。
「それで済むならさっさと殺してる、国民の血税でキミの治療なんてしないよ」
とりあえず、死刑宣告は免れた。だったらわざわざお忍びで会う理由は?
「もう忘れちゃったの?キミのはハーレムを作ってもらいたいんだよ」
「意味がまったくわかりません」
順番を追って説明しているつもりかもしれないが、大切な説明をすっ飛ばしている感じがある。隠している、のか?
「この性的興味の減退は新井さんが事故にあった直後に起きました。しかし、気付けなかった。それは事故の瞬間に世界が入れ替わってしまった。そのため裸の人が外を歩いていてもそういうものと認識していたのです」
そんなアホなこと、ある?
「で、このままだと人類滅ぶねーって気付いたのが2ヵ月前。原因はすぐわかった。そのために異世界の研究をしているわけだし」
その後研究でこの世界に蔓延している性欲減退はウィルスによるもので、発端は女王感染者がいることで世界中に広まってしまったらしい。
どうやらその女王感染者は日本に居るらしく、女王を治療することですべての感染者は健全な性欲を取り戻していくとのこと。
「そこまでわかっているなら、さっさと女王感染者ひっ捕らえて治せばいいんじゃないですか?」
仮にオレが原因だとして、そのあとの治療に全く関係ないように感じるのは気のせいか?
「キミが思いつくようなことは全部試してるんだよ。女王感染者の絞り込みも済んでいる」
「だったら」
「問題なのは、治療方法なのです」
「治療方法?そういえば聞いてなかったですね」
ウィルスって言っていたからワクチンとは薬とかで治すんだろうか?
エリカは表情も変えずオレの顔を見ながら言う。
「性行為です」
よし、帰ろう。
「冗談じゃないと思っているのは我々も同じだ。しかもキミじゃなきゃ効果がないと来たものだ」
「言っている意味がわかりませんが」
カメラを探し見回す目線を無視し、エリカが話を続ける。
「厳密には新井さんの体液を摂取することです。これは粘膜摂取でも経口摂取でも問題ないとのことです。ただし、摂取時性的に興奮している必要がありますが」
なんだかくらくらしてきた。
「この世界の原因が女王感染者だというなら、それを治す王治療者とでも言うのかね。それが新井くん、キミだということだ」
なに、そのご都合主義?
人類存続の危機で、その治療のためには、そのセックスしなければいけないって?
ついてきてるかぁ!読者たち!
「信じられないので辞退していいですか?」
「辞退されたら人類滅ぶんだって。今すぐってわけじゃないけど性行為をしないってことはこれ以上子どもが生まれないということ。種として終わるよね」
「別に興味が無くても子どもができないわけではないんじゃないですか?」
「キミが事故を起こして妊娠報告は0だ。3か月間0なんだよ。しかも日本だけじゃない、全世界で、先進国も途上国も合わせて、だ。確率的にあり得ない」
仮に転生失敗したことで行為自体が無くなったということはあるだろう。しかし行為と妊娠発覚にはタイムラグがある。
事故が起きる前にしていた行為、すべてが妊娠しなかったというのはあり得るだろうか。
「この結果を1か月気付けなかったことも痛かった」
ん?ひと月変わったことに気付かなかったの?
「外で裸の人歩いてて気持ち悪くなかったんですか?」
「我々は異世界のデータを得ているから変わってしまったことを知れたんだ。しかし庶民はそうじゃない。すでに変わってしまったものを強制的に認識させられている」
そもそもの常識を変えられる?そんな力が転生にあるっていうこと?
「異世界転生自体が非常識なんだから、そこを疑っても仕方ないよ。起きてしまったことは仕方ない。結局対処するしかないからね」
総理の言っていることは確かにそうだ。
「で、2か月間研究した結果、キミと性行為すると治療になることがわかったのさ」
そこがわからないんだわ。何がどうなってるんだって。
「まぁ、当惑することも無理はない。同情するよ」
クソオヤジ!せめて隠せ!ニヤつきながらじゃ説得力ねぇっての!
「待ってください、そんな治療、信じられるわけないでしょう!?実際に治った人がいるんですか!?」
つまりオレが寝ている間におせっせさせられたってことでいいの?
「今回の治験に関しては新井さんの体液を抽出して経口投与で効果が認められています。意識不明の人物と行為に励むという不謹慎な治験は行なわれておりませんのであしからず」
先回りされたけど、それで済むならわざわざハーレムなんか作らなくてよくね?
「顔に出やすいから本当に気を付けて。橘くんがさっき言った通り、摂取時に性的興奮状態じゃないと効果がないんだよ」
総理の言葉にオレは首を傾げる。それって何が問題なの?
「新井さん、現状ほとんどの人が性的興味を失っています。つまり治療の前提『性的興奮状態』を自然に待つことができないんです」
エリカの言葉を聞いてオレは考えることを放棄した。
総理からのミッションは人類を未知のウィルスから救え。
その方法はおせっせ。
そのためにハーレムを作れ。
「無理っすわ」
さすがに断るだろ!?