第29話・すみれ
昨晩のことはよく覚えていない。
なんか勢いでエリカとすみれ、3人でベッドルームに行ったことは覚えているんだ。
でも、今気づいたらひとりでベッドに寝ていた。
昨日の出来事があまりにご都合主義による夢だったんじゃないかと思った。
思ったのだけど、シーツの乱れ方や湿り方を考えると、どうやらヤることはヤっていたらしい。
治療はできたのだろうか。
少しばかり痛む頭を押さえながら扉を開けるとワイシャツを着ただけのエリカがコーヒーを飲んでいた。
「おはようございます」
なんか不機嫌そうなエリカさんがいるんですが?
「おはよう」
「昨夜はお楽しみでしたね」
エリカもいたでしょー!?
「すみれは?」
「すでにおかえりになりました。お仕事だそうです」
ちらりと時計を見ると既に11時。
オレが寝坊するといつもこの時間だ。
「成功、したの?」
「性交はされましたね……そろそろお洋服着たらいかがですか」
その意味で聞いてないよ。
そしてエリカも結構きわどい服装じゃないですか?
「総理に報告は済ませてあります。追跡調査はなさってくれるでしょう」
「オレらが調べる必要は無いの?」
「……赤羽さんと離れたくないんですか?」
なんで今日はこんなにトゲトゲしいかなぁ。
「そうではないけど。ほら、治療を済ませないとオレはお役御免だったから」
10日と言いながら1カ月かかった気がするのは気のせいでしょう。
「その件は追って報告……というか明日にでもまた総理と会っていただくことになるでしょう」
気が重い、と思ってしまうのだけど仕方ないだろう。
さすがにメール1本で済まされてもたまらないものがある。
「……オレ、何もしてないね」
仮に今回の治療を認められたところでオレは何もできていない。
すみれの好きな人も、心を開くこともできていない。
結局たまたま会えた城崎のサポートと、エリカが誘ったことで結果治療できたという気持ちがぬぐえない。
「ススムさん?どうしました?」
「ううん、なんでも無いよ。ご飯食べたら城崎さんにお礼言いに行こうか」
エリカは何も言わずキッチンに進む。
持ってきてくれたコーヒーが飲み終わるまで、隣にいてくれたことはなんだかとても嬉しかったんだ。
「ところで。ススムさん」
穏やかな雰囲気が一変、なぜか目が光り獲物を捕らえるように……なんで?
「私、昨日治療のお手伝いに専念していました」
「ソウデスネ」
あー、なんとなく察し。
「生殺しって、いけないんですよ」
「ソウデスカ」
顔にグーパンが飛んできた。
ひどくない!?
「交際試験、お忘れでしょうか?私のことを満足させないと合格になりません」
卑怯な取引じゃありませんか、エリカさん。
「……私とはしたくないんですか?」
急な涙目は卑怯なんですよ。
もう日が高い時間にもかかわらず、そのままベッドへ向かうのでした。
すっかり夕方になってからコンカフェの入っているビルに向かう。
今回の礼とすみれの様子を見に行くためだった。
「色男さん、お疲れさまでした」
事務所に入って開口一番、城崎は微笑みながら皮肉ってくる。
「それはどーも、詐欺師さん」
「なんのことでしょう」
しらばっくれるか、このオヤジ。
「城崎さん、知ってたでしょ。すみれが里香さんのこと好きって」
城崎の言動、特に「彼女を治療できたら誰でも落とせる」という言葉は、すみれの恋愛対象が女性ってわかってなければ出てこないセリフだろう。
「なんとなくで確証があったわけでは。でも、ボクのお膳立てで差し引いてもプラスだったでしょう?」
臆面なくそんなことを言ってくるんだからいっそ腹も立たない。
「赤羽さんにご挨拶をしようと思ってきたのですが」
エリカが口を挟んでくるが城崎は首をゆっくり降る。
「残念ですが、赤羽さんはしばらくお休みを取る、とのことでした。何か聞いてませんか?」
エリカを見るが首を振る。まぁ、何か知ってたらここに挨拶に来ないだろうよ。
「彼女、人気だったので困りものです。橘さん、どうです?目的は終えましたが継続して働いてみては?」
「勘弁願います」
微笑んでいるが、言葉が強すぎるだろ。
城崎は特に気分を悪くした様子も無く「ですよね」と微笑んだ。
しかし、すみれが急に休む?しかも長期って?
今朝までウチに居て、オレが起きる前に出ていったのに。
本人に聞く術は無いから確認できないけど……もしかしてNR関係でなんかあったのか?
そんな風に疑いを向けるほど、すみれもNRのことも何かを知っているわけでも無いけれど。
――――――――
白い部屋に規則的に流れる電子音。
ひとりの女性がベッドの上に目を閉じて胸をわずかに上下させている。
ゆっくりと目が開く。
視界に入った光が眩しいのか手で目を覆ってしまう。
ベッドに寝ていたすみれは自分の状況をあまり理解できていないようだった。
(……ここって、どこだろう?)
すみれはぼんやりとした頭を回して周囲を見回し、自分の置かれた状況を確認しているようだ。
(私、何を……)
先日までコンカフェにいて、そこで働いて。
そして好きな人への想いが破れて。
そこまでは覚えている。
しかし、そこから先のことは覚えていない。
何をしたのかも、ここに寝ている理由も。
その時すみれが眠っている部屋の扉が開く。
そこに訪れたひとりの老人が、ベッドの脇に立つと低い声で話す。
「お目覚めかな?」
「……あなたは?」
すみれは会ったことのない人物に目を向ける。
記憶を探ってもこんな人物を知らない。
「失礼。私は牛頭という。しばらくゆっくり休んで欲しい」
牛頭は優しくすみれに微笑むとそのまま部屋から出ていくのだった。
――――――
ターゲット・カテゴリE
赤羽すみれ
NR→R
治療完了




