第26話・12番目の正解
「見つけた……居ました!」
車で12か所巡ってやっとすみれを見つけると、寺井さんに向かって叫んでしまう。
車の中からでもはっきりとわかったのは公園のベンチに服を着ている人影が見えたから。
ちなみにすでに3回人違いだったことは誰も知らないはずだから。
「今度こそ、ですか?」
寺井さん、辛いっす。たぶん合ってるんでお願いします。
「わかりました」
ハンドルを左に切って公園から距離を取る。
まさか知り合いがリムジンから出てきたらそっちの説明の方がややこしいからそう頼んでおいた。
4回目だから慣れたものですね!
「私も行きます。ススムさんだと失敗しそうなので」
絶大な信用、どうも!
「赤羽さん、ここにいらしたんですね」
公園に降り立つエリカwithオレ。
見える範囲であるものの、エリカ主体の方がいいというお言葉を頂戴したので断る理由はない。
というか断ったら怖いくらいの圧かけられた気がする。
(もしこのきっかけを失敗したら、赤羽さんの治療は困難になるでしょう。ススムさん、必ず赤羽さんの心動かせますか)
パワハラなんだよ、さっきの言い方。
「橘さん、どうしました?」
ベンチで俯いていたすみれはエリカの声で顔を上げた。
「城崎さんが心配していました。いきなり店にこなかったので」
すみれに向かって城崎の名前出す?
どう考えても今回の原因は城崎でしょうに。
「あの人はなんて?」
「特に、何も」
「そうですか」
そこからすみれの言葉は続かない。
なんか事情を知らないオレだけが取り残されること、最近多くないか?
「だー、もう!赤羽さん、行きましょ!」
「……彼氏さん、いたんですか」
いたんだよ、確かにこっそりしてたけど!
「何があったか知りませんけどね、止まってて解決するんですか、しないでしょ。だったら動いたほうが」
「動いた結果が再起不能になったんです。何があったか知らないなら、口出さないでもらえます?」
思わぬカウンターを食らってのけ反りそうになる。
ダメだねー、人間関係苦手民は。
「ススムさんの言うことも一理あります。想いが砕けてしまったとしても、その後の人生を全て棒に振るのは違うと思います」
エリカ、割とフォローになってない。
「あなたは良いですよね、好きな人と一緒にいられて。わかりますか?好きになった瞬間に結ばれないことが決まっている私の気持ちが」
すみれは自嘲気味に微笑む。
当然、城崎と知り合ったときにはすでに結婚している。この前家に行ったときの様子を見ると夫婦仲も悪くなさそうだ。
誉められた恋愛ではないが略奪愛もある。しかしそれは心がパートナーから離れている場合だろう。
「私には赤羽さんの気持ちはわかりません。あなたのような恋をしたこともありません。……でも、自分の気持ちに向き合って想いを告げられた、あなたはとても素敵だと思います」
「言って、ないんだ」
すみれは空を仰いで誰にともなく声を投げる。
「今回こそとか、酔った勢いならとか考えたけど。どうしても言えなかった。だって幸せそうなんだもん。言って距離が変わっちゃうなら言わないほうが良いなって。でもやっぱり辛いんだよ」
いつしかすみれの目から涙がこぼれる。
「もう会えなくなるのは嫌。でも会っていても苦しくなるだけ。そんなことぐるぐる考えてたら動けなくなっちゃった」
オレに、そこまで人を好きになったことも、苦しんだこともない。
「なんでこんな世界に生まれちゃったんだろう。私が私じゃなかったら、あの人があの人じゃなかったら。もしかしたら、もしかしたらだけど一緒になれる未来もあったのかなぁ」
「違うと思うよ」
やべ、言っちゃった。
同時にオレに注がれるふたつの視線。
言ってしまったなら突き進むしかないか。
「だって赤羽さんじゃなかったら今の気持ちも持てなかったよ。確かに結婚してる人を好きになるのはきついかも知れないけど。好きって気持ちは別にいいでしょ」
うん、何言ってるかわからない。
「あなたに、普通のあなたにはわからないよ」
「ていうか、他人の気持ちなんかわからないでしょ。オレもエリカの気持ちわからないし。なんなら今付き合うかの試験中だし」
「ススムさん?」
エリカの目が一気に細くなる。
蒸し返して悪いけど、事実じゃん。
「……試験?付き合うだけでそんな面倒なことしてるんですか」
すみれの目は対照的に呆れるような、信じられないものを見るような。……わりと軽蔑入ってる気がするのは光の加減だ。
「オレもそう思う」
「ススムさん?」
「だけど、結局他人だから。どうしても譲れないなら自分通すしかないでしょ」
てっきり反論が来ると思った。
しかしすみれは肩を震わせてうつむいている。
「……ふふ、こんな何も考えてない人がいるなんてね」
なんか盛大にバカにされてません?
「私のこと、なんにも知らないのに。それでこうしてパートナーがいるのムカつくんですけど」
言葉の強さとは裏腹に頬を膨らませ、目は笑っている。
「だから、まだ違うって」
「そーゆーの良いですー、流行りません。はぁ、くだらない」
「赤羽さん、私たちは」
エリカが言葉を挟もうとするとすみれがベンチから立ち上がる。
「まぁ、どっちでもいいですけど。……ほとんど初対面なのにお説教したお詫び、くれませんか?」
そのまますみれは近付いて、息のかかりそうな距離で見上げてきた。
きょどるオレ、青筋立てるエリカ。
「もう1回、もう1回だけ伝えられるか試したいんです。送って、くれますか」
「わかった。送るよ」
エリカと目配せをして、頷き合う。それくらいなら構わない。どうせ城崎の元に送らなきゃいけないし。
「エリカ、寺井さんを呼んでもいいかな?」
「……赤羽さん、内密にお願いしますね」
エリカは少し迷ったようだったが、ゆっくり頷く。
「内密?話すなってこと?」
首を傾げるすみれ。
そりゃリムジンが控えてるなんて思わないだろうからね。
「ええ。でも良いんですか?送ってしまっても。おそらくススムさんにも知られてしまいますよ?」
エリカが声をひそめて確認している。
「……仕方ないでしょう。ひとりだと勇気でそうにありませんから」
すみれもすみれでなんでため息ついてるんだよ。
「ススムさん、こちらのことを内密にしてもらう以上、赤羽さんのことも内密にしてくださいね」
「お、おう?」
「お返事!」
「はい!」
急に大きい声を出されて背筋を伸ばしてしまう。
「……ありがとう、ございます」
「それでは車がすぐそこに」
エリカの先導で寺井さんの待つリムジンに向かう。
……もしかして城崎じゃないの?




