第22話・好き嫌いは厳禁です
城崎邸withすみれ。
多くの人が気になっていることを先に述べておく。
すみれも、服を着ております!
残念なんだか、そりゃそうなんだか!
実際問題として話を進めていく上で全裸人間が絵面にいるとややこしくなるからね!
「あれ?橘さんと……彼氏さん?」
オレらを見つけたすみれは眉を寄せている。
それはそう、おそらく城崎一家と晩餐会のつもりで来たんだろうから。
「たまたまそこで会ってね。せっかくだから呼んだんだ。ダメだった?」
そのように家主である城崎に言われて「ダメ」とか「それなら帰ります」と言う人間は社会性にバッテンを貰うことだろう。
「ダメではありませんけど……」
すみれはちらりとこちらを見てすぐに目を逸らした。
「よかった。そうしたらお席にどうぞ。すみれさんは飲む?」
「いただきます」
勧めるんだ?そして飲むんだ?
城崎の隣、1番奥の席に腰かけたすみれはグラスにワインを注いでもらう。
150㎝切ってるすみれがワイングラスをあおるさまは、特定のお友だちに……刺さらんな、うん。
「ママを手伝ってくる」
すみれの正面に座っていたアリスが立ち上がり大回りしてキッチンに向かう。
「私も」
「すみれちゃんはお客さま」
追って立ち上がろうとしたすみれをアリスは留める。
その時アリスもオレのことを見た気がした。
まさか城崎、ターゲットのことまで話してないだろうな。
「えっと、赤羽すみれです。彼氏さんは2度目まして……で良いですか?」
そうだ、バレてるんだった。
「あれー、どこかで会ったことありましたっけー?」
ススムの選択!しらばっくれるを選んだ!
「新井さん、覚えてないんですか?」
エリカの不意打ち!効果はかき消された!
ほら、どこで会ったんですかーとか、なんで覚えてるんですかーとか話を広げる手段あったでしょうがー。
「橘さんが働いてるお店で私も。この前いらしてましたよね」
「ボク、1度しか言ってないんですけど、よく覚えてましたね」
実際まさかあんなちょっとのすれ違いで覚えているのは素直に感心。
「女性が来店するのは珍しいですから。ご一緒していたので、たまたまです……橘さん、どうしました?」
すみれの言葉で隣に座るエリカを見ると、わずかに、本当にわずかに表情が曇っている。
「い、いえ。不意打ちって効くんですね」
「?」
危ういことを言うんじゃない。
要するに自分のせいでオレが覚えられたことにダメージ追ってるんでしょ?
……でも、このエリカの表情変化に気付くとは。
これはなかなかしんどいかもしれない。
というのも、今回の目的はすみれと仲良くなる、最終的に治療……わかりやすく言うならセックスまで持ち込む必要がある。
要は仲良くなる理由は下心、しかも今の世界にとって常識外れなアブノーマル。
そんな思いを抱いて近付くのは上手に隠す必要が出てくる。
しかし、表情変化の乏しいエリカの起伏を、これだけ少ない交流で見抜くとは。
マズイ、非常にマズイ。
カテゴリで1番低いEのはずだろ?
誰だ、あのランク付けたやつ、出てきて詫びろ。
「あなたのお店のお客さまだったのね。お待たせしました」
アリスと里香は大皿をキッチンから持ってきた。
いいタイミング、これ以上共通の話題が持たなかったから助かった。
「美味しそうなミートローフですね」
「すみれちゃん、好きでしょ?これだとちゃんとニンジン食べてくれるから」
すみれに微笑む里香。
え?なんか仲良くない?
「昔から野菜嫌いだったものね」
「やめてください、恥ずかしい」
「赤羽さんと仲良いんですね」
エリカがやんわり会話に入ると里香は微笑みを深めた。
「小さいころから知ってますから。アリスと仲良くしてくれててね」
なるほど。
城崎の店で知り合ったわけではなく、元々知り合いだったのか。
「私はニンジン食べられた」
「アリス、代わりにピーマン嫌いじゃない」
「ピーマンは人が食べるものじゃない。苦いの嫌い」
「好き嫌いしないの。ちゃんと刻んでるから食べられるでしょ?」
ミートローフの断面に確かにオレンジと緑の細切れが見える。
その断面を見て目を閉じるアリス。
コイツ、子どもか!?
終始そんな感じで仲の良い城崎一家とすみれの中に紛れ込んたオレらという、完全に異物感がぬぐえないまま進んで行く食事会。
わかったことはすみれがニンジン嫌いということだけだった。
「今日はごちそうさまでした」
「いえいえ、また是非来てください」
城崎夫妻が玄関まで見送りに来てくれたところで礼を返す。
「……そうだ、ボクもちょっと車に。忘れ物をしたみたいで」
「あら、そうなの?」
「うん、すぐに戻るよ」
帰ろうとするオレらと連れ立って家を出る城崎。
エレベーターに乗り込むと先ほどまでの微笑みはスッと消えた。
「どうです?赤羽さんのご様子は」
「……正直、難しいなって思いました。あれだけ勘が良いとは」
エリカの感情を察する観察力の高さを考えると、なかなか難しい。
下手に近付こうものなら一気に嫌われる可能性がある。
そうなるとあと7日、関係の修復は難しいだろう。
オレの感想を聞くと城崎は苦笑いを浮かべる。
「確かに難しそうですね。彼女のことをしっかり見てあげてください。娘も同然ですので」
そんな娘を、治療に差し出す良い親もいたものですな。
先ほどからエリカはアゴに手をやって考えている。
エレベーターがフロントに着くと、城崎は扉に手をやってオレらを降ろす。
「では、また。彼女を治療できるなら他の人も必ず口説けますよ」
そのまま城崎は中に残り、上に登っていった。
「……どういうことだよ、ねぇ、エリカ」
「そうですね、城崎さんの言い方、引っかかります」
肩をすくめると駅に向かって歩いていく。
夜風が寒い。道すがら手だけがぬくもりを噛みしめていた。




