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第21話・エンブレムを剥がせ

 城崎が車に乗って戻ってくる。

 おう、メルセデス……。

 エリカ、10円玉持ってない?こういう車を見ると傷つけたくなるでしょ?

「せめて持ち主が居ないときにやってください。お邪魔します」

 ほんの冗談で白い目を向けられてしまったオレを押し込んで、エリカが後から乗り込んでくる。

「シートベルトお願いします。こんなことで点数引かれたらたまらない」

 最近決まりが面倒になったよね。オレは免許持ってないからセーフだけど。

「パパ、安全運転でね」

 助手席のアリスがカップに入った飲み物をすすりながらたしなめる。

 静かに走り始める車。中に乗ってしまえばエンブレムなんか見えないし!ボク、普段はリムジンだし!

「ススムさん、顔に出ています」

 いかんいかん。城崎は協力者。

 なんならこれからすみれと引き合わせてくれるんだから。

 しかし、この城崎たちは妙に心地が良い。その理由は服を着ているからなのか。

 城崎はすっきりしたジャケパンスタイル。娘のアリスは服の方が主張の激しいゴシックロリータ。

 今の世界において、服を着るほうが趣味と言われていたからその中でもゴスロリは以前の世界でも個性的と割り振られる服装だろう。

「城崎さん、良いジャケットですね。どこで売ってるんですか?」

 もちろんジャケットの良し悪しなんてわからない。

 でもNRのことを知らないはずのアリスがいる以上直接聞けるわけが……。

「あぁ、NRのことですか?ちゃんと感染してますが、ウチのは全員服は脱ぎませんねぇ」

 お父さん!?いえ、決してお義父さんって意味じゃ……エリカ!心を読んだように白い目を向けるのやめて!?

「城崎さん、その件は内密とお伝えしたはずですが」

「失礼。しかし家族には伝えなければいけなかった。特に、妻には」

 ……どゆこと?

「性欲が無くなった。そのことで愛が消えたとは思えませんでしたが、確かに妻と夜を共にするつもりが起きなくなった。病気のせいというのは簡単ですが、今後も続く状況をごまかすことはできなかった」

 あの、娘のいるところで奥様との夜のこと話してよろしいので?

「こういうデリカシー無いの、慣れてるから。私が小学生の時からこんな感じ」

「そのころはもっとオブラート包んでいただろう?人聞きの悪いことを言うんじゃない」

 話してはいたんじゃないか。

「あなた、本当に世界を救えるの?」

 バックミラー越しに、オレと目を合わせてくるアリス。

 そこまで話してるってことね。

「アリス。失礼だろう?」

「ごめんなさい、黙るわね」

 アリスの言葉の直後、ウインカーを灯して左折する……げ。

 入って行く地下駐車場。その建物の大きさが一瞬見えた。

 およそ30階は越えるであろう高層マンション、こんなところに住んでたのかよ。

 城崎は車を入れて、そのままオレらを連れて駐車場を進む。

「アリス、赤羽さんの前では」

「わかってるわよ。そんな面倒起こしたこと無いでしょう?」

 さっきオレにケンカ売ったこと、忘れてませんか?

 エレベーターに乗ってぐんぐん数字があがっていく。

 23階に着いたときに扉が開き、城崎が扉を支えてくれている。

 どうやら着いたようだ。

 先に進むアリスについて行く。扉に着くとカギも使わずノブに手をかける。

 不用心と思ったが、駐車場に着いたときに連絡を入れていたのかも知れない。

「ただいま。ごめんね、パパの思い付きで」

「おかえりなさい。ようこそ、主人がいつもお世話になってます。里香です」

 中から出てきたご婦人は、とてもアリスを産んで育てたとは思えないほど若々しい女性がエプロン姿で現れる。

 いつも……ってか会ったの2回目ですけどね。

 こちらも軽く頭を下げて自己紹介。

「材料、足りる?」

「買い足してきたから大丈夫。どうぞ、お客さまはおかけになっていてください」

 里香は身体を開き、リビングに誘ってくれた。

 奥に進むと6人掛けのテーブルに皿が並んでいた。

 すみれの姿はまだなかった。

 窓から広がる100万ドルの夜景、この夜景が残業で作られているって言い始めたヤツは相当にひねくれているんだろう。

 そうは言ってもその光はまばらで、イメージしていたものよりは少々光が少なく見えてしまう。

「ここ3カ月はこれくらいですよ。その意味、おわかりですよね」

 城崎はラフな格好に着替えてリビングに。

 手にはボトルワインを持っていた。

「おふたりは飲めますか?妻もアリスも、体質的にダメでして」

「私は控えさせていただきます」

 そういえばエリカが酒を飲んでいるの見たこと無いな。

「新井さんは?」

「オレは……」

 飲みます、と答えようとしたときエリカが肘で突く。

「も、やめておきます」

「そうですか。もっぱらひとり酒ですね」

 残念そうではあるが、微笑み席に着く城崎。

 思い出した。

 今日ここに来たのは食事を楽しむためじゃない。

 これから来るすみれと仲良くなって治療のきっかけを作るためだ。

 そんなときに酔っぱらっていたらどんな失敗をするかわからない。

 ……まぁ、酔ってなくても女の人口説けるかって問題には目を瞑ることにする。

 チャイムが鳴った。

『こんばんは、よろしくお願いします』

 インターフォンから聞こえてきたのはすみれの声。

 オレは唾を飲む。

 これから料理の味がわかるのだろうか。

 正直、自信はない。

 大きく息を吸って、吐く。

 これからが本番、いざ口説きの手管を見せてやる!

 ウソです、助けてください。

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