第20話・初デートは映画に行こう
オレとエリカが向き合っていると周囲は珍しいものを見るような目を向けてくる。
露骨にはしないまでも、ほとんどの人は服を着て、男女で待ち合わせている様子があまり見ないせいだろうか。
「そ、それじゃ、行きましょうか」
ガチガチに緊張しながらエリカの手を取る。
ちょっと強引過ぎたかと思いつつも握り返してくれたので一安心。
「これから、どこに行くんですか?」
決めてない、とは言えないだろう。
「そうですね、良い時間だしご飯でも」
冷静に考えてノープランデートでご飯に誘うっていうのもかなりリスクなんですけど。
「どこに連れて行ってくれるんですか?」
「そうだね、バーガー……」
手を握る力がギュッと強まった。
エリカの顔を見ると明らかに失望を押さえている顔色。
割と表情を読み解けるようになってきたのが幸いした。
「エリカは、牛タンとか好き?」
確か、牛タンランチの店があったはず!
「……あまり食べたことはありませんが、挑戦してみようと思います」
セーフ!ギリギリセーフ!!
もちろん、セーフと言ってもリカバリーには至ってないのはわかっている。
この試練、思っていたより気を使うぞ!
「結構混んでるね」
店に着くと何人かの列が階段まで伸びている。
「私は構いませんが」
エリカに確認を取ると、受付表に名前を書く。
「やはり休日ですと混んでますね」
「そうだねー」
……まずいです、言葉が出てきません。
「このあとってどんなご予定が?」
何も考えてません、とは言えないだろうね。
「エリカって、映画よく見る?」
「映画……この前ススムさんと見たのが初めてです」
すんません!この前の嫌がらせっすね!?
「それなら映画館で見てみない?ご飯食べながら時間調べてさ」
初デートで映画の良いところは2時間話さなくていいことだってボク知ってる!
「良いですね、でも今公開されている映画、ススムさんが気に入るでしょうか……」
エリカはなんか不安なことを言うのでした。
結論から言うと、エリカの言ったことは正解だった。
ご飯を食べてあまり待たずに行ける映画に入ってみるとまばらに人が入っていた。
それは良い。
問題は映画の内容だ。
映画の中の登場人物は皆全裸。
映画の撮影期間を考えると服を着ていても良いはずなのに、全裸。
目のやり場に困るのはオレだけなんだろな。
それもまた良い。
眼福と思えばいい。半分は男の裸だが、そこは諦めた。
内容があまりにも淡泊なのだ。
この前見たB級スプラッタの方がまだ筋が通っているレベルの作品。
性欲が消えて恋愛が無くなって。
そのせいで平然と人を見捨てるし、家族だろうと断罪する。
そのことに異を唱える人間がいない。
かと言って一本筋の通ったテーマがあるかと言われるとそうでもない。
ただ感情をむき出しにしてその人の生きる様を描いただけ。
それ自体が悪くはないけど、なんかしっくりこない。
そして映画が終わり、パラパラと帰っていく観客は別に首を傾げることはなく、面白かったなどと連れ合いと話している。
「もしかして、こういうこと?」
「行きましょう、劇場で感想を言うのはネタバレって聞きました」
エリカは口先に指を立てて歩いていく。
あー、ゴメン。
その仕草が見れただけで映画に来た意味が出ちゃったわ。
時間はもう16時。
カフェで一息つきながらさっきの感想の続きを聞く。
「エリカは楽しめた?」
「もちろん、楽しくありません。でも、それは予想できてましたから」
やっぱり。
エリカは治療が済んでいる。
つまり、今の世界と価値観が違う。
性欲がある、恋愛感情がある。
愛情がある。
「性欲が無いだけでこんなに世界って歪むんだね」
「ええ。だから元の世界に戻さないといけないんです」
知れば知るほど責任の重さが身に染みる。
周囲を見ると、楽しそうにお茶を楽しむ全裸の人たち。
その笑顔に偽りはないだろう。
コーヒーを飲む為に目線を正面に戻すとエリカが頬を膨らましていた。
「エリカさん?」
「ススムさん、今何をしてますか?」
「コーヒー飲んでる」
「そうじゃなくて。もっと、根本的に」
……あ。
「デート、です」
「思い出してくれたので減点1で済ませます」
減点はされるのね。
そのあとのデートは肩の力が抜けたのかのんびりすることができた。
雑貨店に行ってカーペットやインテリアを見たり、その近くの小物店に行ったり。
そして夕食を選んで道を歩いている最中、後ろから声をかけられた。
「おや、このようなところで。デートですか?」
声の主はSMCのオーナーであり、協力してくれている城崎。
その隣にいるのは、若い……エリカよりも若そうな女の子。
「奇遇ですね。城崎さんこそ?」
お返しとばかりに言葉を向けると隣にいた少女がじっとこちらを見てくる。
なんだろう、この目線。
「ススムさん、城崎さんもNR症状が出ているのでしょうから」
エリカが小声でたしなめてくる。
そっか、彼も性的な興味がないのか。
「パパ、この失礼な人は?」
君もね!?
少女は目線を向けたまま城崎に尋ねる。
今、パパって言いました?
「アリス、今ボクの店で働いてくれている橘さんとそのパートナーの新井さん。良い人だよ」
アリスと呼ばれた少女は先ほどから目線を一切外すことなくオレを見続けている。
その目線は今まで感じたことのないものだった。
「そうだ、ここで会ったのも縁でしょう。どうです?一緒に夕食でも。お招きしますよ」
城崎はポンっと手を打ってアリスに確認を取る。
招く、と言っていることを考えるとたぶん自宅に呼んでくれるということだろう。
「アリスも構わない?」
「ママに聞いて。材料足りるかわからないじゃない」
ずいぶんとツンとしたコミュニケーションを取る子なようで。
「そうだね。確認してみるよ。……赤羽さんも来ますよ」
最後こっそり耳打ちしてくる城崎。
そう言われて断る理由がなくなった。
「エリカ、良い?」
「せっかくですし……」
何か機嫌を損ねているエリカだが、OKしてくれたんだから大丈夫だろう。
「よろしくお願いします」
「では決まりですね。ここで待っていてください。車を取ってきます」
城崎は娘と一緒に電話をかけながら立ち去っていく。
おそらく奥さんに急な追加の確認をしているのだろう。
残されたオレらはなんとなく間ができてしまう。
そういえばエリカはじっとアリスを見ていたような。
「私もゴシックな服を着ようかしら」
見てたのはオレじゃないからね!?




