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第19話・順番逆転の「初めて」

 エリカがコンカフェ出勤初日、思ったより帰ってくるのが遅いのでオレは夕飯を作っていた。

 そうは言ってもそんな立派なものが作れるわけも無いので今日の晩ご飯はフランスパンとシチュー。

 前日カレーだった気がするが全部気のせいである。

 ほら、材料はかなり近いけど味は全然違うし。

 おかしいなー、ホワイトシチューを作っていた気がするが、なんか茶色い、なんか香ばしい。

 お客さんに出すわけじゃないからそこも気のせいで押し通してやる。

 うん、美味しいと思い込む。

「ただいま帰りました……」

 焦げたシチューの味見をしているときにエリカがふらふらと帰ってきた。

「おかえ……り?」

 言葉が止まってしまったのはエリカがあまりにも疲れ切っていたからである。

 リビングに着くなりふらふらと机に突っ伏してしまった。

「あの、エリカさん?」

「あの街、本当にNRに感染しているのでしょうか?みんなスカートの中眺めていました。タイツがあったので下着を覗かれることはありませんでしたが……」

 なんかその獣の巣窟に送り込んでしまったのが後悔しかないんだけど。

「……すみれとは仲良くなれた?」

 話を逸らすためにターゲットであるすみれの話を振ってみる。

「そうだ、問題発生です。すみれさん、ススムさんの顔を覚えてました。私の彼氏って」

 前半は切羽詰まったような雰囲気だったのに、後半は頬を赤らめて照れているようだ。

 ええい、戻ってこい。

「それが何で問題なの?」

 エリカが問題といった理由がわからず尋ねると、目を丸くして深くため息を吐く。

「……ススムさんと私が付き合っていると知っていることが問題なのです。魅力的な人ならいざ知らず、普通の人は誰かと交際している人と行為に及ぼうとは思わないものです」

 なんか盛大にディスられた気がするんだけど?

 ただちょっと引っかかる言葉があったような。

「付き合ってるの?誰が?」

 空気が、凍った。

「………………明日の準備をしますので」

「待って、ステイ。シッダウン」

 これは放置するとマズイ問題になる。

「なんでしょうか、新井さん」

「エリカさん、落ち着いて。話せばわかる」

 オレを新井って呼んでる時点でブチ切れ確定。

 さてどうしたものか。

「まず質問です」

「発言を許可します」

 裁判かよ!?

「誰と誰が付き合っているっていうおつもりでしたか?」

「黙秘します」

 そこが全ての原因なんですが?

「もしかしてオレとエリカのつもり?」

「身の程を知らない発言をお許しください」

 椅子から立ち上がり深々と礼を……これは最敬礼というのだろうか。

「もしご不満でしたら床を舐めましょうか」

 あー、この子なんか時々面倒だよ!?

 ていうかね。

「付き合って、くれるの?」

「……えっ?」

 顔を上げたエリカの嬉しそうなこと。

「だって、別に告白もしてないし、気持ちも聞いてないから。その、舞い上がっちゃいけないなって思ってて」

 ここで同居し始めた時に散々「セクハラしたら訴える」と言われていたんだからさ。

 まぁ、治療()をしている以上、セクハラなんて比にならないことをしていることは忘れよう。

「そういえば正式に告白をされてもしてもいませんでした。……良いでしょう。新井さん、私をエスコートしてください。付き合うかどうかはその時に決めます」

 あの、エリカさん?タイミングって物もあるでしょう?

 10日以内に治療しなきゃお役御免なのよ?

 現実世界ではもう過ぎてる?小説時間準拠でお願いします。

「明日ちょうどお休みです。なので待ち合わせの場所と時間を決めて出かけましょう。何時にどこでデートしますか?」

 エリカの目がマジなんですよ。どうしましょう。

「そうしたら、12時に新宿……」

「わかりました。それでは遅れないようにお願いします」

「一緒に行くんじゃないんですか?」

 同じ家に住んでいるのに待ち合わせってよくわからない話になるのですが。

「付き合うかどうかのデートですよ。一緒に出掛けたら意味ないじゃないですか」

 ごもっとも……なのか?

「そうしたら早く寝ないと。ご飯作って……」

「簡単な物でよければ作ったけど」

 買ってきたフランスパンとなぜかブラウンシチューですけどね。

「……いただきましょう」

 エリカは用意されてたと知った瞬間にとろけた顔を浮かべたんだが?

 もはやデートとか関係なく、付き合う気満々なのはエリカのほうじゃないのかねぇ。

 そんなこと言ったらまた戦争になるから口にはしないけど。


 そんなこんなで明くる日。

 朝起きた時点でエリカはウチに居なかった。

 もちろん、寝坊したわけじゃない。

 そんなことしたらマジで怖い。

 現在の時間は8:30。

 今から準備しても余裕で間に合う時間なのにエリカはウチに居ない。

 結構恐怖体験と感じているのはオレだけなんだろうか。

 危機管理能力は低い方だけど、コレはきちんと準備しないとヤバいことになる。

 そのことを想像できる頭があってよかったとつくづく感じた。

 どうせ合格確定試験だとタカをくくっていたので普段着で行こうと思っていた。

 たぶん、おそらく、絶対。

 そんなことしたら落第する。

 そういえば忘れていたけど、オレだけじゃなくてエリカも誰かと付き合ったこと無かったんだ。

 そりゃ夢に夢見ても仕方ないよね、そうだよね!

 普段の服で行こうと思ったけどそれはマズイ。

 シャワーを浴びて歯を磨いたのち、自分が今持っている最大限ちゃんとした服に着替える。

 買ったきり着たことも無かったカジュアルジャケット。

 これまた着る機会のなかったチノパンを引っ張り出して鏡の前に立つ。

 大丈夫、だよな?

 変じゃないよな?

 普段ダラけた恰好で、なんなら裸でも一緒に過ごしている相手に着飾るのは違う気もするけど。

 否、断じて否!

 心の中の野太い声が否定する。

 その声に従い、固くなっているワックスを手に髪をいじるのだった。


 待ち合わせ5分前。

 そういえば駅は決めていたけど、どこに待ち合わせるか決めてなかった。

 ふらふらと東口に行って、エリカがいないか探してみると、すぐに見つかった。

 いや、エリカなのか一瞬わからなかった。

 普段のフォーマルな彼女からは想像できない存在がいたからだ。

 オフショルダーのニットセーターにブラウンのロングスカート。

 いつもは縛っているだけの髪を軽く巻いて、小さなハンドバッグを持って誰かを待ってる美人さん。

 誰を待ってるって、オレ、だよね?

「……お待たせ」

「いいえ、今来たところですので」

 絶対嘘だね!

「今日は、よろしくお願いします」

「こちらこそ。その、似合う、よ」

 偽らざる本音をエリカに伝えると嬉しそうに微笑んだ。

「ススムさんもカッコいいです」

 今日オレは、初めてエリカとデートする。

 正直言っていい?

 DT捨てた時より緊張してるんですけど!?

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