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第18話・メイドさんは見たいじゃろう?

 指定された時間10分前に雑居ビルの前に立つ。

 まさか、自分がこんな場所で働くことになるとは。

 エレベーターで5階を押すと、昨日訪れた事務所にたどり着く。

「失礼いたします。本日からよろしくお願いしま……」

 言葉が止まってしまった。

 てっきり城崎さんだけかと思っていた。

「おはようございます、橘さん。赤羽さん、彼女が今日から働く橘さん。業界未経験だから優しくね」

「わかってますよぉ。よろしくお願いします。私、赤羽です」

 驚いた。

 お膳立てしてくれると言っていたが、まさかすぐに彼女と会わせてくれるとは。

「そうしたら、よろしく。私は出てくるから」

「オーナー、行っちゃうんですか?」

 コートを羽織り、出かける準備をし始める城崎さん。

「こう見えて忙しいんだよ。赤羽さんが居れば大丈夫でしょう?」

 城崎さんが赤羽さんに声をかけたあと、こちらに目配せをして出て行きました。

 その後ろをじっと見ている赤羽さん。

「赤羽さん、よろしくお願いします。橘です」

「よろしくお願いします。そうしたらまず制服選びましょうか」

 赤羽さんの案内でロッカールームに進むと、さまざまなメイド服が下がっています。

「橘さんのロッカーは8番ね。身長は何センチ?」

「167㎝です」

「高くて羨ましいです。何色が好きですか?」

 そういえばススムさんは何色が好きなんだろう。

 たくさん並ぶ制服の中から私が着れる物を選んでもらう。

 様々なメイド服。今まで着たことの無いような可愛らしい服。

(ススムさんはコレを着た私を見て、誉めてくれるだろうか)

 自然に、ごく自然にこの服を着ている自分と、それを見てくれる彼のことを想像してしまう。

 他人に給仕しているところなど、見られたくない。

 でも、ススムさんにはこの服を着た自分を見て欲しい。

 我ながら、面倒くさいと思って苦笑いを浮かべてしまう。

「橘さんが着れそうなサイズ、この3色ですね」

 赤羽さんが手に持っているのは赤、緑、水色の3色。

「それなら、水色でお願いします」

「はーい、そうしたら外で待ってるので試着してもらえますか?」

 赤羽さんは残りの2着を戻すと、一旦外に出て行ってくれる。

 受け取ったメイド服をロッカーにかけ自らの服を脱ぐ。

 ワンピースタイプのメイド服だったので一旦上下の服を脱ぐ。

 ロッカールームにあった姿見で自分の下着姿を映す。

(昨日、ススムさんと……)

 そのことを考えると急に恥ずかしくなってきた。

 以前までの私であったら昨夜のようなことなどしなかっただろう。

 それはNRという症状が出て治療したからではない、と思う。

 なぜ会って間もないススムさんにこれほど惹かれるののかは説明できない。

 今の世界の常識のせいで自分の欲を発することのできる相手が進さんだけだから?

 そうではないと信じたい。

 考えながらもメイド服に袖を通す。

 やや短めの丈、前かがみになったとき下着が見えるように作られている気がする。

 そのためにタイツが付属しているのか。

 長袖になっているのはプロテクターを付けるためなのだろう。

 そういった装飾を付けない純粋なメイド服を身に付けて再び鏡で映す。

 スマホを取り出してこっそり写真を撮る。

(これなら見せられる)

 見られたくないのは接客している姿なのだ、せっかくこんな服を着れるなら、見てもらいたいじゃないか。

「着終りました。あの、装飾はどう付けたら……」

 メイド服自体は基本的にワンピースだったので簡単に着ることができたけど、他の部分は……。

「それは研修中は無しで良いですよ。お客さまもそれで見分けていますし」

 なるほど。このプロテクターの無い人間が新人というわけか。

 貴重品をロッカーに入れてカギをかける。

「似合ってますよ、そうしたら店に行く前に名前決めましょう」

「名前、ですか?」

 こういう場所は名前を変えるのをすっかり忘れていた。

「一応ストーカー防止も兼ねてますから。私は本名ですけど」

 知ってます、とは言えずに自分の名前をどうしようかと考えている。

「クレンとかダメですか?」

「被ってないか見てみます。……うん、大丈夫ですね。漢字ですか?」

「いえ、カタカナで大丈夫です」

 長くても10日も使わない名前だから、そこまで凝っても仕方ないでしょう。

 赤羽さんは名刺大の厚紙に大きくクレンと書いて、透明な名札に挟む。

「そうしたら簡単に仕事内容を」

 そしてエレベーター前にあったテーブルで簡単に業務説明を受ける。

 わかりやすく丁寧に教えてくれる赤羽さん。

「新人さんだとわからないこともわからないと思うので、いつでも聞いてくださいね」

 少し心が痛む。

 私はあくまでもあなたを治療する目的でこの店に居る。

 大義はある。

 それでも騙していることには違いないのだ。

「あ、最後に。彼氏がいることはナイショにしてくださいね。昨日の人そうですよね」

 心臓が跳ねる。

「き、昨日ですか?」

「あれ?昨日男の人と来てましたよね。違いました?」

 彼氏というかパートナーというか。

 いえ、それは別に婚約者という意味でのパートナーではなく。

 じゃなくて。

「昨日居たこと、よくご存じでしたね」

「ええ、こういうお店ですと女性は珍しいので」

 しまった、と思ってしまった。

 これから治療するために距離を縮める計画だった。

 でも、私とススムさんに面識がある、まして交際していると思われている状況ではまた難しくなってしまう。

「優しそうな人でしたね」

「ええ、とても」

 でも、ウソは付けなかった。

 ススムさん、ごめんなさい。

 もしかして難易度上がってしまったかもしれません。


 初日で得たものは、ターゲットとの面識。

「ごしゅじんさま、クレンと一緒にまほーの呪文をとなえましょー」

 失ったものは、羞恥心。

 前途は多難です。

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