第17話・国際的恥
明くる日、つまりはエリカがメイド初出勤の日。
オレはエリカについていくと言ったのだが、それはもうすごい勢いで拒否られた。
「生き地獄に放り込んでおいて、晒しものですか。そうですか」
そんなことを言われてついていったら命がいくつあっても足らなそうです。
城崎に後で送ってもらうことにしよう、そうしよう。
「おひとりなんて珍しいですね」
運転席から話しかけてきたのは寺井さん。
今日は後部座席をしきる窓を開けているのでそのまま話せるのです。
「橘さんに付いてくるなと言われまして。ひとりでやることも無いので」
「偉くなりましたね、暇つぶしに総理と面会ですか」
そう、今向かっているのは総理の元。
やることが無いと嘯いたが、正直総理に会って話したいことはある、めっちゃある。
そもそも、情報小出しにし過ぎなんだよ。
知ってること全部話せ、そうじゃなきゃクーデターだ!
「何やら不穏なこと考えてそうですけど。嫌ですよ、私お役御免になるの」
朗らかに注意してくれる寺井さん。
大丈夫、そんな大それたことできるほど度胸ないですから。
いつものホテル……と言えるほど来てない。
確かこれでまだ3回目なんだよね。
なんかしょっちゅう来ている気がしているけど総理ともほとんど話したこと無いんだよなぁ。
いつもの通り15階に上り、部屋のノブに手をかける。
「キミから呼び出されるなんて。もしかしてボクのことターゲットにした?」
笑えない冗談である。
「男の人ターゲットにするほど守備範囲広くないんです」
口に出してしまうとフラグに聞こえるのは何なんだろうね。
「それならなんで?」
「この前、ごま塩がいたせいでこの世界の説明ちゃんと受けてないので」
もちろん、詳しく聞いたからって何か手立てがあると思えないけど、知っておいた方が良いことくらいあるだろう。
「とは言ってもねぇ。NR症例はボクらでもわかってないことがほとんどだから」
待てい、しょっぱなから知らない単語出てきたぞ。
「NR症例?今の世界のことですか?」
「あー、それも伝えてなかったっけ?そう、今の世界で起きていることをNRと呼称するように決まってるんだよね」
名前が決まっていたのか。
「NRって何の略です?」
オレの質問に総理は恥ずかしそうに頭を掻いている。
「ノン-ラスト、日本語としては性欲欠如とかになるのかな」
「ノン-ラスト……あれ?でもラストの綴りって」
それで総理が恥ずかしそうにしてたのか。
「そう、ラストの綴りはRじゃなくてL。赤っ恥だよねー。もう発表したから変えることもできないし」
国際的に英語できないって晒してるじゃないか。
「そこんところも含めて新井くんが頑張れば挽回できるかなって」
いらん責任押し付けられてるじゃないか。
「それよりあと8日でどうにかなりそう?」
急に現実に戻すなよ、目を逸らしてたんだから。
「なりそうにないので情報を貰いに来たんですけど」
今オレが知っているのは発情した人がオレとセックスすると治療になるってことくらいだからなぁ。
「あの候補ってどうやって決めていたんです?」
タブレットに入ってるデータ、カテゴリEしか見ていないけど地域は東京を中心に候補が挙げられていた。
「正直言って、決定打なんてないよ。対象がNR症例を発症している、新井くんが接触しやすい人間に絞っているだけだった」
オレは肩透かしを食らった。
そして、いやな考えが浮かんでしまう。
「それならリスト全員を治療しても世界を救えるとは……」
「限らない、とは思わない。実はね、秘密裏に仕入れた情報によると、そのリスト内に女王感染者はいると確定をもらった。だから安心して治療してくれ構わない」
……情報、ね。
「その情報くれる人に会わせてもらうことできないんですか?」
現場で動くオレが一番必要なんだから、総理やごま塩が持っていても仕方ないでしょうよ。
「残念ながらその情報元とボクらは直接面識ないんだ。だから新井くんに限らず会わせることはできないんだよ」
直感的にウソだと思った。
理由はわからないけど、頭に光がぴきーんって走るイメージかな?
そんな能力、オレが持ってないのは言うまでもないけど。
「それなら新しい情報来たらすぐに回してくれます?」
「キミが8日以内に治療完遂したらね。そのあとに部外者になる可能性のあるキミに、内部情報を渡し過ぎるわけにいかないから」
バッサリとオレへの今以上の協力を断る総理。
ムカつく。
「悪く思わないで。今オープンにしていることならいざ知らず、今後出てくる情報に、門外不出扱いになるものがある可能性が有る。明日出た情報がその扱いになって、今回失敗したら目も当てられない」
要するにまだ信用に足りてないわけね。
「ところで、今日はなんでひとりなの?橘くんは?」
そういえば説明してなかったね。
「彼女は今、コンカフェで働いてます」
「何それ、詳しく」
総理の身の乗り出し方がウザかったのは言うまでもない。
「なるほど、今回のターゲットがコンカフェ店員なことは聞いていたけど。まさか橘くん自身が働いているなんて」
ひとしきり笑い転げた総理はまだ笑いを噛み殺しながらそんなことを言っている。
「笑いすぎじゃないです?」
「そりゃ、あの固い橘くんがコンカフェって」
その気持ちはわかるけど、送り込んだ張本人としてみたら罪悪感とイラつきが。
そうか、オレは総理と相性が悪いのか。
「そんな目をしないの。悪くないと思うよ、いきなりキミが突撃するよりは現実的な方法だ」
それはどうも。
ここにいてもこれ以上のことはなさそうだから立ち上がる。
「健闘を祈るよ」
総理の当たり障りない見送りを受けて、オレは部屋を出るのだった。
「どうかな、アレは」
牛頭の声を受けてクローゼットの中からゴスロリ服を着た少女が姿を現す。
「どうも何も。不安しかないでしょう。本当にあの人に任せるの?」
少女の言葉を受けて牛頭はゆっくり首を振る。
「私が選んだわけじゃないから。サポートするだけだよ」
「そう。ちょっかい出しても?」
「キミがそう望むならね」




