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第16話・コスプレは良いもんだ

 城崎ははっきりとすみれを治療することへの協力を拒んだ。

 だが、それでもオレらに体質を促すわけでも無い。

「先にも申し上げました通り、この治療行為は人類の存続をかけた施策です。なぜご協力いただけないか、ご説明いただけますか?」

 エリカは城崎に食ってかかる。

 それはそうだろう、治療を進めなければそのまま人類が滅亡してしまうのだから。

 しかし城崎はゆっくり首を振った。

「こちらも先程お伝えした通りです。大切な従業員を生贄にできない。それでは答えになりませんか」

 静か、だが断じるようにエリカに答える。

「もしご提案が無ければお引き取りを。時間があることとあなた方に使うことは一緒ではないんですよ」

 やっぱり。『提案がなければ』と言っている。

 だけど切れるカードはそんなに多くないだろう。

 多くて2枚、下手したら1枚目でコールダウンだろう。

「……城崎さん、お尋ねしても?」

 恐る恐る、城崎に声をかける。

「何かご提案が?」

「城崎さんは先ほどから協力ができない、とおっしゃってますよね?」

 オレの言葉に城崎の眉がピクリと動く。

「ええ、その通りです」

「ちなみに、あなたのお店は恋愛禁止の規則は?」

「新井さん?」

 エリカの低い声が間に挟まる。

 とりあえず無視だ、無視。

「いくら従業員と言えど、プライベートにまで干渉いたしません」

「つまり、知り合いを通じて知り合った人と遊ぶ分には?」

 城崎は頬を緩める。

「そこはプライベートでしょう?私の関知するところでは」

 このカードで正解、かな?

 でもまだ足りてない。これじゃ詰みじゃない。

「しかし、そんな都合よく知り合いは居るんですか?」

 そう、問題はそこだ。

 ちらりとエリカを見る……あ。

「城崎さん、従業員って足りてます?」

「新井さん、何をおっしゃっているんですか?」

「従業員、ですか?キャストでよければいつでも募集しておりますよ」

 よし、このラインだったか。

「……良いんですか?働くことが目的じゃないですよ?」

「こちらとしても、この状況は私も改善されるなら望ましいので」

 食えない人だ。

「あのう、何の話をなさっているんですか?」

 ひとり状況を理解していないエリカ。

 うん、ここにも壁があったの忘れてた。

「エリカ、明日からよろしく」

「……はえ?」

 普段からは考えられないほど間抜けな声を出すエリカ。

「シフトは赤羽さんと一緒にすればいいですか?明日も出勤していますよ」

「お気遣いありがとうございます」

 赤羽さんって、たぶん今回のターゲット、すみれの苗字だろう。

「あの、新井さん。まさかとは思いますが……」

 ここまでくると、理解が及ばない、ではなくて理解したくないんだろうなぁ。

「エリカ、明日からメイドさんよろしく」

「なんでぇ?」

 今日はエリカの顔が崩壊する日なのかも知れない。


 電車に乗って家路に向かう時、エリカは頬を膨らまして無言だった。

 かわいいと言ったら殴られそうなので黙っている。

 駅から歩く途中スーパーに寄って夕飯の買い物。

 無言で食材をカゴの中に放り込んでいく。

 食材を見ていると今夜のメニューはカレーだろうか。

 だろうか、なんて曖昧なことを言っている理由は全く口をきいてくれないからだ。

(もしかしてめっちゃ怒ってる?)

 心当たりしかないんだけどねっ!

 そりゃいきなりコンカフェで働かされることになったら怒るって気持ちもわからなくはない。

 ただ、考えて欲しい。

 オレはいきなりハーレムを作れ、エリカはターゲットに近付くためにコンカフェに勤める。

 うん、どちらかというとオレの方がひどくない?

 買い物を終えて家に帰る。

「先にお風呂にしましょうか」

 ここで初めて口を開くエリカ。

 風呂を沸かすスイッチを入れてリビングのテーブルに座っているが、間が持たない。

「なにか手伝うことある?」

「いえ、狭いのでひとりの方が」

 エリカはすーぐ引きこもるんだから。

 ……あれ?なんでオレはそんなこと思ってるんだろう?

 風呂が沸いた知らせが鳴る。

「先に入っててください」

 エリカは米を研ぎながら促す。

 はいはい、逆らいませんよーっと。

 そそくさと風呂に行って軽くシャワーで埃を落としてから湯船に浸かる。

 しかし、このままでは明日以降に差し支える。どうにか話せるように戻らないと……ん?なんか音が?

「お待たせいたしました」

 待ってないよ!?

 いや、嬉しいけれども!

 裸のエリカさん、ご入場でございます!?

「た、橘さん?」

「ふたりで入るには少し狭いですね、詰めていただけますか?」

 言われるがまま浴槽を空けるんだけど、躊躇なくエリカが背中を向けて身を浸してくる。

 どういう状況かわからないながらもオレのオレは今目の前で起きていることに対して感動してスタンディング準備をしている。

 頼む、エリカ。オレのワガママボーイに気付かないでくれ。

「私、怒ってます」

 我が息子も猛り始めてます。

「ターゲットに近付くために働く、それは良いんです」

 良いの?それ以外に怒ること、ある?

「……あのお店のスタッフになるってことは、あの店のルールに従わないといけないんですよね」

「まぁ、そうなりますよね」

 ガチガチに覚える必要は無いにしても、怪しまれないように馴染む努力は必要になるわけで。

「お店で他の方々の様子を見てました。その、手を握ったり、軽く前のめりで胸元を出したり……」

 おう、そこまで見てなかった。

「何より、あの恥ずかしい呪文を毎回……」

 それは聞いていた。

 エリカにとって、一番の辱めはあの呪文か。

「やめとく?」

 そこまで嫌なら馴染むどころの話じゃなくなってしまう。

 しかしエリカはゆっくり首を振った。

「今からターゲットを変えるとなると時間が。ここまで周囲が恵まれているとは限りません」

 そう、この性欲の消えた世界の状況を理解して、しかも協力までしてくれる。

 こんなにもこちらに譲ってくれるなんて都合良すぎて涙が出る。

「ただ、本音を言えば……新井さん以外にあーゆー姿を見せるのは、ちょっと……」

 この子もこんなご都合主義でよろしいので!?

「あの、橘、さん?」

「……ふたりの時は、エリカって呼んでくれませんか?」

 ご都合主義バンザイ!!

「え、エリカ、さん……」

「私も、ススムさんと、呼んでもいいでしょうか……」

 断る理由はありませんけども。

 エリカは背中越しにこちらを見て目を閉じる。

 それって、そういうことですよね!?

 このあとのことは、想像にお任せする。

 まぁ、聡明なる読者諸君なら言わなくてもわかるだろうけどねっ!

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