第15話・悪ふざけにもほどがある
5階に着いたエレベーターが開くと、薄暗い部屋に出た。
部屋というか、廊下に近い造りになっていて正面と左右に扉があり、降りてすぐのところに4人掛けのテーブルが置かれている。
やはりここは下の階にあるコンカフェの事務所なのだろう。
「すみません、どなたかいらっしゃいますかー?」
廊下の電気は消えているが中に誰かいれば返事くらいしてくれるだろうと思ったが、返ってくる言葉は無かった。
「留守、でしょうか」
「まぁ、スタッフの休憩室を兼ねてれば誰も居ないことはあり得るからね」
廊下の電気のスイッチを探して、明かりを点ける。
どう考えても不法侵入なんだけど、ヤバいよなぁ……。
その時、奥の扉のノブがカチャッと鳴ってほんの少し開いた。
「ひっ!だ、誰か居るんですか!?」
我ながら情けない悲鳴を上げてしまったものである。
「もしかしたら、気圧で開いたのかも知れません。覗きにいきましょう」
エリカはそう言うと進んで行こうとする。
「オレが、前に行くよ」
さすがに女の人を盾にするのは気が引ける。
こういう時くらいカッコつけねば。
へっぴり腰でゆっくり進むオレ。その後ろを(たぶん)まっすぐ歩くエリカ。
どちらがカッコいいのかは言うまでもない?ほっとけ!
「失礼しま……」
「動くな」
扉に手をかけて挨拶しながら開いていくと急に頭になにか固い物を当てられる。
「へ?」
「新井さん!」
間抜けな声を上げながら目線を上げるとそこにあるのは銀色の何か。
ピントが合わずに置くにいる人の方がしっかりと見える。
黒いスーツ、しっかりと結んだネクタイ。
オレがかがんでいたことを差し引いても明らかに10㎝は背が高いだろう。
「最近の泥棒はカップルなんだ。関係ないけど」
そこでオレの頭に突きつけられているものに焦点が合ってくる。
頭に銀色のピストルが突きつけられている状況だと目一杯理解を拒否しているんだが!?
「エリカ、逃げて!」
「こ、腰が……」
後ろに居るエリカはその場に腰を落としてしまっている。
「どっち道始末するから関係ないよ、お兄さん。それじゃね」
男は銃口をエリカに向ける。
指が引き金を絞る。
嫌に時間が長く感じる。
「やめろぉ!」
どうにか身体を動かしてエリカとの間にねじ込んだ。
引き金が引かれるとカチッという音と共に銃口から火を噴いた。
比喩でもなんでもなく、ガスコンロにも満たない、小さな炎が銃口から立ち上がっている。
「冗談ですよ。タバコ、吸っても?」
『ど、どうぞ』
男は笑みを浮かべながら胸ポケットからタバコを取り出すのだった。
「いや、すみません。まさかそんなに驚くなんて」
男は腰を抜かしているエリカに手を差し伸べるが「お構いなく」と自分の脚で立ち上がる。
「それで?わざわざ挨拶までしたんです、何か御用があったのではないですか?」
扉を広く開くと中は簡素な事務所になっていた。
「えっと、下のお店の責任者さん、ですか?」
「ええ。そうですが」
当たりだ。
この人が下のコンカフェ「SMC・サイバーメイドカフェ」の責任者。
それにしてもちょっと悪ふざけが過ぎません?
「気を悪くされたなら申し訳ない。この時間、アポも無いのに来客があって、しかも泥棒でも無さそうだ。少しからかってみようかと」
このヒトが良い性格していることは分かった。
「エリカ」
アイコンタクトを送ると、エリカは頷いて名刺を取り出す。
「わたくし、こういう者でして」
さっき説明が良いのかって確認取ったので理解しているのか、エリカはすぐに自らの身分を明かした。
男は名刺を受け取ると2度見する。主にオレを。
わかってるよ、オレがそんな柄じゃないのは。
「内閣府、ですか?困ったな、全く見当が付かない」
「もしお時間があればご説明いたします」
そうだよな、いきなり押しかけたわけだから話を聞いてもらえるわけでは無いのか。
「構いませんよ。後1時間ほど自由ですから」
男は部屋に招き入れてくれた。
「城崎と申します。SMCのオーナーなどやらせていただいています」
城崎は名刺を2枚取り出すと手ずから渡してくれた。
オレに対してもって点でこの人めちゃくちゃできてる。
「ご丁寧にありがとうございます。それではご説明をさせていただきます」
城崎に説明を始めるエリカ。
オレらのためのコーヒーを入れながら話を聞いている。
全世界から性欲が消えていること。
それはオレが異世界転生をしなかったせいであること。
そしてこのままでは人類が滅ぶということ。
さすがエリカ。オレならこんなに簡潔に纏められない。
10分後、あらましを聞き終えた城崎は目頭を押さえて俯いている。
「……信じられませんか」
「信じるに足るものと、思います」
信じるの!?初対面の人間の話を!?
「信じるんですか?」
説明したエリカも聞き返すほどすんなり受け入れた城崎。
いや、表情を見る限り「すんなり」ではないだろう。
「恥ずかしい話、ここ最近急に売り上げが落ち込んでいまして。今まで通りのイベント、ゲストキャストを活用していても、前年70%前後で推移していまして。その数字は、ちょうど3カ月前から。そうですか、そもそも常識が変わっていたのか」
城崎は口元を押さえながら何度も頷く。
影響が無いように見えて、この街にも影響があったのか。
「今回、城崎さんのお店を訪れた理由は治療対象が従業員として働いているからです。そのため、治療のご協力を賜りたくお伺いした次第です」
正直、今回のEカテゴリは納得がいった。
だって正攻法ではないとはいえ、こんなにも簡単にオーナーである城崎の理解を得られたのだから。
一番ハードルの高い、知り合うということがこんなに簡単に……。
「ご協力はできません」
オレは飲んでいたコーヒーをむせてしまう。
「なぜでしょう」
エリカすら目を丸くして聞き返している。
「この治療施策を進めていかなければいずれ人類は……」
「お話を聞く限り、ウチの従業員へ性交渉のお膳立てを私に頼んでいる、そう聞こえますが」
「それは……」
エリカが口ごもる。
身も蓋も無い言い方をすれば城崎の言葉以外の要素が無いからだ。
「それは太古の人身御供と同じでしょう。命か、そうでないか、その違いしかない」
あまりにも大げさな言い回しであるが、城崎の言い分は最もである。
要するにこちらは世界を救うために女を抱かせろ、と言っているに過ぎないんだから。
「少なくとも、本人の意思に無いことをさせるわけにいきません。無論、その協力も」
エリカは言葉を失っている。
いくら大義があっても、できないということか。
城崎の目を見る。
……こっちを見てる?
エリカではなく、オレを?
なんでだ?




