第13話・おっさんズ会議with誰かさん
ススムとエリカがコンカフェでターゲットの出勤を待っているのと時を同じくして、牛頭と巌は昨日と同じ部屋で再び見えていた。
「巌ちゃん、ごめんね。何度も呼び出して」
軽い調子で謝る牛頭に顔をしかめる巌。
「そう思っているなら昨日で済ませて欲しいものだ。私もいちいちキミと話すより、やることがあるんだが」
「仕方ないじゃない。昨日はあのふたりが来ちゃったんだから」
巌はしかめていた顔のしわを深める。
「アレに任せるのか?今回の一件の処理すべてを」
「巌ちゃんのお眼鏡には適わない?」
「少なくとも任せるに足る理由は無いな」
腕を組んで深くソファーに身を沈める。
ガラス製のテーブルの上にはクリップ留めされた書類束が置かれている。
1枚目の紙に「NR症例について」とだけ書かれた書類を手に取ってぺらりとめくった。
「本当にこんなことを信じろというのかね?」
巌の言葉に牛頭は頬を掻く。
「信じるも何も。実際ボクたちがこうして平穏に暮らしていることを考えたらそこに書かれていることは事実でしょう」
「にわかに信じられんがね」
「今しなきゃいけないことは信じることではなく、女王感染者の治療でしょ」
「その件も信じるに足るものがない。本当にたったひとりを治療すれば、全員快復するというのか?候補だけで何人だ?」
巌は書類束をテーブルに投げ出すと苛立ちを隠そうとしない。
「候補だけなら100人以上だよ。全員疑ってかかる必要がある。究極、総当たりするしかない」
「時間が無いと言っている。こんな状況になってもうどれくらい経つ。一時を争うのにどこのウマの骨ともわからないヤツに託すなど」
「巌ちゃん」
牛頭は一息ため息を吐いて巌の言葉を遮った。
「短気は損気と言うでしょう。そもそもこんなことなんて前例がないんだ。どうしても手さぐりになる。自分の孫娘が可愛いのはわかるけど、少しは落ち着いて」
「孫娘」という言葉を投げられて押し黙る巌。
やり場のない感情で再び書類束を手に取り、穴が開くほど凝視する。
「お前は良いな、所詮心配事が無いんだから」
「ボクにだって大切な人くらい居る。まぁ、キミの言う通り今回の一件には無関係だから言葉が軽いかも知れないけど」
「……すまなかった。お前は良くやっているよ」
巌は謝罪の言葉を述べて、書類を再びめくる。
「この情報をあのふたりには?」
「ちゃんと渡してる。まずいところはきちんと隠してね」
巌はじろりと牛頭を睨む。
しかし何も言わずに書類に目を戻した。
「むしろ、コレを公表したほうが良いのでは?」
「そーゆーのは、改善の目途が立たないと無意味に当時者を混乱させるだけでしょ」
牛頭は背もたれに身を委ね、頭の後ろで腕を組んだ。
「たとえ事態が治まっても責任問題になるぞ」
「仕方ないでしょ、これだけの事態なんだから」
軽い調子で言っているが、事の大きさを理解しているのか、巌は図りかねていた。
世界規模で起きてしまった大事故、その責任などひとりで背負いきれるものではないことはふたりとも理解していた。
今、この状況だから処分が保留になっているだけのこと。
事態が治まれば必ず責任を負う存在が必要になってくる。
それが立場上牛頭になるだけの話だ。
「貧乏クジだな」
「昔から薄いところ引くの得意でね」
牛頭が自嘲気味に吐き出した言葉に巌は顔を歪める。
「お前に責任が無いことなど、誰もがわかっているだろう」
「それでも誰かが責任を負わないといけないこともね。こんな生産性の無い話をするために来たんじゃないでしょう?」
巌はカバンからファイルを取り出すと牛頭のテーブルに叩きつける。
「どれどれ。……ずいぶん嬉しい情報だ」
巌が持ってきた新しい情報を見て、頬をほころばせる」
「『NR状態の人間は極端に代謝が落ちる関係上、生命維持にかかる負担は通常状態の1/10ほどになる』……よかったじゃない、時間の猶予はできたよ」
「あくまでも猶予ができただけだ。抜本的な解決には程遠いよ」
巌は首を振る。
「それでも犠牲が生まれない可能性があがった。それだけで充分だ」
巌は鼻を鳴らしてカバンを取る。
「そろそろ戻っても?ここでいたずらに時間を過ごしても意味がないだろう」
「もう少し待って。今日は来客があるから」
「今日は?今日もだろう?」
昨日のことを思い出しているのだろう、苦々しく顔を歪める。
「アレはイレギュラー。……いや、正確にはこっちがイレギュラーかな?」
牛頭の言葉と同時にドアが開かれた。
「ご挨拶。私のことをイレギュラーと言うの?」
部屋の主である、牛頭に許可も取らずにそのまま歩みを進める人物。
少女と言っても差し支えないだろう顔立ちと身長。
身に纏うのは黒を基調としたゴシック服。
「昨日に続き、子どもの相手などしておれん、失礼する」
呆れたように部屋を去ろうとする巌。
その後ろに向かって少女は声をかけた。
「女王感染者の定義を決めたのは私……そういえば足は止まるかしら?」
言葉の通り、巌の足はぴたりと止まった。
「巌ちゃん、彼女のおかげで現在治療法の確立に至ったんだよ。話を聞くだけでも有意義と思わない?」
ぴんと空気が張り詰める。
「新しい情報が無ければ即戻るぞ」
「ご随意に」
巌の素直な反応に少女はにっこりとほほ笑むのだった。




